アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』

 もはや出ることはないんじゃないかとまで思われた国書刊行会の<短篇小説の快楽>シリーズの第4弾・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』が、まさかの登場!
 第3弾のレーモン・クノー『あなたまかせのお話』が2008年の秋でしたからね。もう前回の刊行から5年近く立っています。


 著者のビオイ=カサーレスは1914年生まれのアルゼンチン人の作家で、ボルヘスとのコンビでさまざまな本を編集したり、またボルヘスの小説の共同執筆者としても名前の知られている人物です。
 というわけで、この短篇集もボルヘスのものと同じように幻想的なもので、その作品の中には何がしかの超自然的な力が働いています。
 ただ、ボルヘスが途方も無いアイディアをさらっと書いてしまうのに対して、ビオイ=カサーレスのほうがそれにもっと肉付けがしてある感じですね。ページ数としても40ページほどのものが多く、中編といってもいいような中身のものも多いです。


 表題作の「パウリーナの思い出に」は、主人公がパウリーナという恋人をモンテーロという男に取られる話で、その失恋から逃れるようにヨーロッパに渡った主人公は2年後に帰国しパウリーナと再開するが…、という話。それほど突飛なアイディアが使われているわけではありませんが、「パウリーナの思い出に」というタイトルにある「思い出」というものをうまく使いながら、きれいに話をまとめあげています。
 「墓穴掘り」では、海辺でホテルを経営する若夫婦が、経営に困ってたまたまホテルに来たお婆さんを金目的で殺してしまうことから話が始まります。二人の前にちらつく怪しい影と良心の呵責。これまた、どこかにあるような展開ではあるのですが、そのまとめ方、終わらせ方が上手いですね。
 同じく、最後の作品「雪の偽証」もミステリー仕立ての作品なのですが、語り手を複雑に入り組ませることで、真相を二転三転させます。謎そのものよりも語りのうまさせ読ませるのがビオイ=カサーレスの特徴です。


 飛行機事故による平行世界への移動を描いた「大空の陰謀」もアイディアとしては、漫画などでもありそうな話なのですが、ブエノスアイレスの夜の街の様子や、伏線のつなげ方などが上手く、読ませます。これはつづく「影の下」などでもそうなのですが、雰囲気のつくり方とと伏線のつなげ方(回収というほど物語を一変させるようなものでもないのですが)がさすがですね。素直に上手いと思います。
 驚くような作品はないけど、どの作品もしっかりとその世界を楽しませてくれる。そんな短篇集だと思います。


パウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)
アドルフォ・ビオイ=カサーレス 野村竜仁
433604841X