ジョン・クロウリー『古代の遺物』

 『エンジン・サマー』や『リトル・ビッグ』などの長編で知られるジョン・クロウリーの短篇集。『エンジン・サマー』は読んで、けっこう面白かった記憶があるのですが、同時にその謎を散りばめた書き方がやや読みづらくも感じました。
 その点、短編は読みやすいですね。そして、<未来の文学>シリーズの1冊というだけあってさすがのレベルの高さ。「雪」を筆頭に想像力に満ちた作品が並んでいます。


 例えば、「消えた」。
 この短編では、宇宙からエルマーと呼ばれる謎の訪問者が現れます。地球上に無数に出現した彼らは、各家庭を唐突に訪問し、「芝刈りをしましょうか?」、「ゴミを捨てましょうか?」などと人の手伝いをしようとします。そして、「善意チケット」という謎のものを差し出すのです。

 善意
 空欄にチェックを入れて下さい
 以後、愛はすべて順調
 「はい」と言いましょう
 □ はい

 この用紙に「いいえ」の欄はありません。何だか不気味なチケットではあるのですが、エルマーたちはあくまでもバカらしく、健気です。
 そんな異星人との謎のコミュニケーション(?)を描きつつ、同時にシングルマザーのパットに起こった出来事と心の揺れを描いたのが、この「消えた」という短編。
 このエルマーというアイディアの面白さとともに、そこにうまく人間のドラマをはめ込んでいます。


 また、巧さでいえば「彼女が使者に贈るもの」も巧いです。
 老境にさしかかった女性が、親族の遺産分配のために子ども時代以来合っていなかった甥に会う話で、甥の口からは天国をめぐる少し変わった見解が語られます。記憶をめぐる小説のようでもあり、ホラー小説のようでもありと、一口では説明しがたい味のある小説です。
 

 そして、アイディアでも巧さでももっとも素晴らしい出来なのが「雪」。
 小さな虫のような機器「ワスプ」によって、対象の人物の生活のほぼすべてが映像として記録できるようになった世界。「ワスプ」は少なくとも8000時間、対象の人物の行動を映像に記録し、その記録は「パーク」という施設で見ることができるようになっています。
 ある金持ちの男と結婚した女性・ジョージーは、その男が契約していた「ワスプ」を受け継ぐことになり、その後、遺産目当てに近づいた主人公の若い男と再婚することになります。そして、ジョージーの死後、主人公は「ワスプ」の撮った映像を見るために「パーク」に赴くことになるのです。


 この短編が発表されたのは1985年、その時点で今のライフログに通じるアイディアを展開しているのはさすがですし、その問題点についても鋭くついています。
 例えば、「パーク」で見ることができる映像は完全にランダムで再生されるようになっており、時系列順に再生されたり、検索したりすることは出来ません。これを不満に思った主人公が「パーク」の館長に尋ねると、彼は次のように答えます。

「たとえばここにあるものがなにかプログラム化されていて、検索できたとしましょう。で、税金だの相続だのといったことについて問題が起きたとします。そうなったら、召喚令状が出たりそこらじゅう弁護士だらけになったりしかねません。追悼のコンセプトは台無しです」(85p)

 クロウリーはこのときすでに「検索」の決定的な重要性に気がついているわけです。
 しかも、短編自体は「記憶」や「思い出」をめぐる文学的な話にもなっていて、「未来を先取りしていた!」的な驚きを抜いても、非常に完成度の高いものになっています。
 

 その他にも、ボーイ・ミーツ・ガールものでありながら、同時に力強いマイノリティの話でもある「シェイクスピアのヒロインたちの少女時代」も面白いですし、おすすめの短篇集です。


古代の遺物 (未来の文学)
ジョン・クロウリー 浅倉久志
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