郝景芳『人之彼岸』

 短編の「折りたたみ北京」、そして先日読んだ長編の『1984年に生まれて』が非常に面白かった中国の女性作家・郝景芳(ハオ・ジンファ)の短編集。

 「人之彼岸」というタイトルからも想像できるかもしれませんが、AIをテーマにした短編が並んでいます。

 この短編集の大きな特徴は冒頭に、作者によるAIをテーマとしたエッセイ(「スーパー人工知能まであとどのくらい」と「人工知能の時代にいかに学ぶか」)が収録されているところ。どちらも面白く著者の思考や洞察力の確かさを教えてくれるものなのですが、著者のAIに対する考え、つまりSF小説のネタが披露されてしまっているようなものであり、読む前は「この構成はいかがなものか?」と思いました。

 

 ところが、やはり郝景芳は上手い。

 最後の短編「乾坤と亜力」は、乾坤(チェンクン)というAIと亜力(ヤーリー)という3歳半の子供の交流を描いたわずか11ページの短編に、エッセイのエッセンスのほぼ全てが凝縮されているのです。

 エッセイも十分にわかりやすい内容なのですが、それを短編に落とし込むことで、著者の考えるAIのすごさと足りないところが鮮やかに示されています。

 

 他の収録作は「あなたはどこに」、「不死医院」、「愛の問題」、「戦車の中」、「人間の島」。

 「AIロボットが殺人をしたのか?」というミステリーである「愛の問題」、宇宙での長年の探査から地球に帰還してみると、そこはAIが人間を支配しているようなディストピアだったという「人間の島」など、設定時代はオーソドックスなものが多いです。特に「人間の島」などはけっこう古いSFにもありそうなネタですし、驚くようなアイディアはありません。

 

 ところが、そのありふれたネタを小説の形に落とし込むのが上手い。

 特に「不死医院」はその上手さが十分に発揮されている作品。主人公の銭睿(チェン・ルイ)の母親が病に倒れ危篤状態となり、治らないと言われた患者を数多く救ってきた「妙手病院」という病院に入院する。今まで親に冷たい態度をとってきた銭睿は、面会が厳しく制限される中で、せめて親にひと目相対と病院に忍び込むが、そこで目にしたのはチューブに繋がれて生気のはない母親の姿だった。ところが、しばらくして実家を訪ねてみると、まったくもって元気な母親の姿があったという話。

 ここまで読んで、テーマがAIとくればネタは分かると思います。これまたよくあるネタです。基本的には妙手病院の謎を追うという展開になるのですが、同時に郝景芳は、主人公と還ってきた母親の交流を描き出します。当然、主人公は還ってきた母親を怪しみ、その化けの皮をはがそうとするわけですが、母親と完璧に同じ記憶を持つその存在に揺さぶられることになります。ここが上手いですね。

 

 読後感として、『1984年に生まれて』のほうがずっしりとは来ますが、この『人之彼岸』も郝景芳の力量を感じさせてくれる本です。

 

 

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