宝樹『時間の王』

 中国のSF作家であり、あの『三体』の続編を書いて劉慈欣に認められたことでも知られている宝樹(バオシュー)の短編集になります。1980年生まれで、郝景芳や陳楸帆らと同世代になります。

 ちなみに宝樹という名前は苗字+名前というわけではなく、ひとまとまりのペンネームだそうです。

 

 宝珠の名前を知ったのはケン・リュウ『月の光』所収の「金色昔日」。

 主人公の北京オリンピックの記憶から始まり、SARSの流行で学校が休校になり、不景気で技術の進歩は停滞するどころかむしろ後退し、20年前(!)に起草された零八憲章が学生の間でひそかに回覧され、そして天安門事件らしくものが起こり…という中国史を逆転再生していく作品で非常に面白いものでした。

 そして、本短編集もタイムトラベルをテーマにした作品ばかりを集めたものになります。

 

 宝樹の魅力はアイディアのスケールの大きさと、それでいて軽妙なユーモアがあるところなのですが、その両方があるのが「三国献麺記」と「九百九十九本のばら」になります。

 

 「三国献麺記」は以下のような話です。

 「『三国志』の曹操赤壁の戦いの敗北後に食べた魚介麺」とのいわれをでっち上げて大成功した<郝の味>というレストランチェーン。その娘がタイムトラベルについて研究している主人公のもとに現れ、でっち上げであるいわれを現実にしたい、つまり曹操に魚介麺を食べさせたいというのです。

 歴史を改変すれば大変なことになりますが、大金と女性の魅力に負けて「麺を食べさせるくらいなら…」と主人公は、赤壁の戦いで負けて敗走する曹操に当時の人々に化けて麺を食べさせる計画をスタートさせます。

 ところが、さまざまなアクシデントに見舞われて、いかに歴史を改変せずに帰ってこられるかという話になっていきます。

 

 「九百九十九本のばら」は、主人公の友人で苦学生であるダーヨンが、大学のマドンナのシェンチーに恋をして、「デートしたかったら九百九十九本のばらを持ってきて」と言われるところから話が始まります。

 ダーヨンにはもちろん花を買うお金はないわけですが、ダーヨンは「未来にはさまざまな分岐があり、自分がシェンチーと結婚している未来もあるはず。そして、未来にタイムマシンが発明されていれば自分とシェンチーの子孫がその未来を実現するために九百九十九本のばらを用意してくれるに違いない」との謎理論を思いつき、それを信じて運命の日を待ちます。

 ドタバタ的な恋愛とタイムパラドックス的なアイディアが合わさって面白いですね。

 

 ユーモアはないものの、圧倒的なスケール感を持つのがラストに置かれた「暗黒へ」。

 文字通り「人類最後の1人」になってしまった主人公がブラックホールに捕まって万事休すとなるわけですが、そこから抜け出すために主人公は最後の賭けに出ます。

 『三体3』的、あるいは手塚治虫の『火の鳥』的なスケール感のある作品で、これも面白いですね。

 

 冒頭の「穴居するものたち」はそれほど面白くなかったのですが、それ以外はどれもアイディアとユーモアがあり、とにかく面白く読める短編集ですね。

 郝景芳や陳楸帆に比べると「軽い」感じですが、軽やかに大それたアイディアを見せてくれるところがこの宝樹の魅力でしょう。