ケン・リュウ編『月の光』

 『折りたたみ北京』につづく、ケン・リュウ編の現代中国SFアンソロジーの第2弾。2段組で500ページ近くあり、しかもSF作品だけでなく、現在の中国のSFの状況を伝えるエッセイなども収録されており、盛りだくさんの内容となっています。

 

 まず、多くの人にとってとっつきやすくて面白いのは『三体』の劉慈欣が書いている表題作の「月の光」でしょう。

 中秋節、ウェブ署名によって屋外のイルミネーションを消すことが行われ、主人公が満月を眺めていると、そこに未来からの電話がかかってきます。2123年の自分だとの名乗る人物は、地球温暖化によって多くの都市が水没した未来を知らされます。そして、その男からその未来を救うための技術の概要を教えられるのですが…。

 アイディアとしてはありがちなものかもしませんが、ダイナミックな展開が上手いし、面白い。20ページほどの短さですし、まず読んでみるのにもってこいかもしれません。

 

 同じく短くて面白いのが、馬伯庸「始皇帝の休日」。

 中国統一を果たして時間的な余裕ができた始皇帝はゲームを所望します。そこで諸子百家は自らが推薦するゲームを始皇帝のもとに持ち寄るのですが、ここから現代と古代を結びつけたパロディが展開します。

 法家の李斯は『シヴィライゼーション』を披露し、孔子の孫は『ザ・シムズ』を披露します。孔子の孫は隣人を訪問して好感度を上げることを説きますが、始皇帝に怒りに触れ、儒家のゲームが摘発される「焚盤坑ゲ」が起こります。こんな具合に進んでいくおかしな話で、ゲームの知識があれば更に楽しめるのでしょう(自分にはよくわからないのもあったけど面白かった)。

 

 一方、ホラー風味もあってゾクゾクさせるのが、糖匪「壊れた星」。

 女子高生の唐嘉茗(タンジアミン)は放課後の補習中に(といっても彼女は模試の成績が良かった特別授業からは排除されて放置されている)、強風と雨の中に立っている男子生徒の姿を見かけます。まるで、日本の少女漫画にでもありそうな物語の出だしです。嘉茗は成績も容姿も比較的平凡な女子ですが、夢の中でよく青白い女に出会い会話をしています。

 最初は、平凡な女子高生が不思議な少年に導かれるという話かと思ったのですが、最後のホラー的な展開はそうした予想をひっくり返します。SF味は薄いかもしれませんが、これは優れた短編小説だと思います。

 

 他にも面白い作品はいろいろあるのですが、個人的に一番面白く、そしてすごいと感じたのが宝樹(バオシュー)の「金色昔日」。

 これは中国の歴史を逆回転させるという野心作になります。出だしは主人公の北京オリンピックの記憶から始まりますが、その後、SARSの流行で学校は休校になり、不景気で技術の進歩は停滞するどころかむしろ後退し、20年前(!)に起草された零八憲章が学生の間でひそかに回覧され、そして天安門事件らしくものが起こります。

 さらに鄧小平の代わりに華国鋒が現れ、ついには毛沢東が登場し文革が起こります。さらに朝鮮半島ではアメリカとの戦争が起こり、台湾の蒋介石が中国本土に上陸していきます。

 

 この逆さ回しの歴史の中で翻弄される主人公を描いたのが本作です。タイムトリップでもなく、『ベンジャミン・バトン』のように自分だけが若返っていくのでもなく、周囲の状況が反転していくというアイディアは秀逸ですし、何よりも中国を舞台にしているからこそ、荒唐無稽だけでは片付けられないリアリティがあります。

 歴史が同じように繰り返すことはないにしろ、やはり現在の政治制度のもとでは文革的なことが起きる可能性は排除できないと思うからです。

 ちなみに中国では出せなかったようですが、鄧小平や毛沢東はそのままでも劉暁波が劉小波趙紫陽が趙子陽になっているあたりには、中国においてどのあたりがタブーなのかということをうかがわせるものがあります。

 本作に関しては、SFに興味がなくても中国現代史に興味があれば、非常に面白く読めるのではないかと思います。

 

 他にも『折りたたみ北京』でもおなじみの陳楸帆、夏笳、郝景芳といった作家の作品も収録されており、充実した1冊となっています。