ジム・シェパード『わかっていただけますかねえ』

 アメリカの作家ジム・シェパードの短篇集。
 収録作品は以下の通りになります。

ゼロメートル・ダイビングチーム
シルル紀のプロト・スコーピオ
ハドリアヌス帝の長城
死者を踏みつけろ、弱者を乗り越えろ
先祖から受け継いだもの(アーネンエルベ)
リツヤ湾のレジャーボート・クルージング
最初のオーストラリア中南部探検隊
俺のアイスキュロス
エロス7
初心者のための礼儀作法
サン・ファリーヌ

 「ハドリアヌス帝の長城」、「最初のオーストラリア中南部探検隊」、「俺のアイスキュロス」といったタイトルからもわかるように、この短篇集はその題材の多くを歴史上の出来事や人物に負っています。この3作以外にも、「ゼロメートル・ダイビングチーム」はチェルノブイリ原発事故を描いたものですし、「エロス7」はソ連の最初の女性宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワを主人公にしています。さらに「サン・ファリーヌ」はフランス革命当時の死刑執行人を主役に据えています。
 巻末には参考文献一覧的なものも載っており、かなり調べあげて書いているようなのです。
 これが長編小説であれば、歴史小説ということになるのでしょうが、短編小説ということもあって、描くのはあくまでも歴史的事実ではなく、スナップショット的に切り取られた人間の心理や行動といったものになります。


 これは面白い試みだとは思いますが、個人的にはそんなに面白いとは思えませんでした。
 登場人物たちはそれほど現代人と変わりがなく、わざわざ過去に舞台を設定する意味があまり見出だせなかったからです。
 

 ただ、作者のジム・シェパードにはもう一つの顔があって、それは「兄弟」を描く作家だということ。
 訳者あとがきによると、ジム・シェパードには5歳上の兄がいて、子ども時代は無鉄砲だったものの徐々に精神のバランスを崩して引きこもり気味の生活を送っているそうです。
 そうした「わかりあえない兄弟」というのがこの短篇集の一つのモチーフにもなっており、特にそれをストレートに描いた、「シルル紀のプロト・スコーピオン」、「初心者のための礼儀作法」といった作品は面白かったです。

 
 特に、12歳の少年がひどい指導員のもとでひどいサマーキャンプを過ごす「初心者のための礼儀作法」は、なんとも言えない哀しみに満ちています。
 主人公は行きたくもないサマーキャンプに行かされているのですが、その理由にはどうにも衝動を抑えられない弟の存在があります。両親はもはや匙を投げかけている弟に対して、兄として何か言うべきなのに言えないという男の兄弟の難しさのようなものが、うまく描かれています。
 これはよい短編でした。


わかっていただけますかねえ (エクス・リブリス)
ジム・シェパード 小竹 由美子
4560090475