2015年の本

 今年は小説が読めなかった年でしたが(朝早起きしなければならない日が多く、夜更かしして小説が読めなかった)、それ以外の本はそこそこ読めた感じ。
 というわけで、今年面白かった本として、まずは小説以外の新刊5冊+結構前に出た本2冊(順位は付けずに読んだ順で)。その後、小説を5冊紹介します(こちらは1位から順に)。なお、新書に関して別ブログで5冊あげましたので、そちらでどうぞ。

  • 小説以外の本


伊勢崎賢治『本当の戦争の話をしよう』

本当の戦争の話をしよう: 世界の「対立」を仕切る
伊勢崎 賢治

4255008167
朝日出版社 2015-01-15
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 国連PKO幹部として東ティモールで暫定政府の知事を務め、シエラレオネアフガニスタン武装勢力武装解除などのあたるなど、紛争の現場を渡り歩いてきた著者が、県立福島高校の高校生たちと「戦争と平和」について考えた本。
 「高校生との対話」と銘打っていても、「対話」とは言いながら専門家が噛み砕いて説明するだけ、あるいは「世界の現実を知る人間」として若者を諭すというようなケースが多いですが、この本に登場する高校生たちは東日本大震災福島第一原発事故という未曾有の災害を経験しており、君たちは本当の世界を知らない」みたいなことは到底言えない状況です。
 この本では、著者の伊勢崎賢治がそうした高校生に対して緊張感を持って接していて、その緊張感がこの本の面白さと、「戦争と平和」に対するより深い思考を生んでいます。
 また、紛争地域での現実についても知ることができますし、集団的自衛権の問題などもわかりやすく解説してあります。「安保法制のニュースを見たけど、いまいちよくわからなかった」といった人にもおすすめです。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150221/p1



前田健太郎『市民を雇わない国家』
市民を雇わない国家: 日本が公務員の少ない国へと至った道
前田 健太郎

4130301608
東京大学出版会 2014-09-27
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 「なぜ、日本の公務員は少ないのか?」
 この謎を解き明かそうとしたのがこの本になります、と書くと、「別に少なくないでしょ?」との声が聞こえてきそうなのですが、国家公務員はもちろんのこと、、地方公務員や独立行政法人公益法人の人数を含めたとしても、日本は他国に比べて公務員の数が少ないのです。
 この本はまず、「日本の公務員は少ない」ということを明らかにした上で、日本の公務員が少ない理由を探っていきます。
 そして、結論部分では、日本の公務員の少なさが女性の社会進出にマイナスに作用したこと、公務員数の削減によって公共部門の相対的な給与水準が上昇し、民間部門の不満をもたらしたということを指摘しています。
 かなり値の張る専門書なので、万人向けではないですが、今まさに日本が直面している問題に鋭く切り込んだ本だと思います。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150403/p1



梶谷懐『日本と中国、「脱近代」の誘惑』
日本と中国、「脱近代」の誘惑 ――アジア的なものを再考する
梶谷 懐

477831476X
太田出版 2015-06-06
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 中国経済を専門とする経済学者でありながら、『「壁と卵」の現代中国論』では経済から人文科学分野への「越境」をしてみせた著者が、さらに広い視野から日本と中国の問題を考えようとした本。
 なかなか簡単に紹介することが難しい本なのですが、例えば、日本では国家権力を支持、あるいは一体化しようとするのが「右」、国家権力に批判的なのが「左」という形になりますが、中国ではリベラルで改革的な政策を求めるのが「右」、国家権力による平等の実現を目指す保守的な政策を志向するのが「左」というように、日中の思想地図にはねじれがあります。一方、「公」と「私」の問題を考えるとき、日本も中国も、「公」を正義、「私」を悪いものと考えがちという共通点があります。
 このような「ねじれ」と「共通性」から、日中の問題や「近代」の問題を考えようとした本、ということになるのですけど、果たして伝わるでしょうか?
 なお、同じく今年出版された丸川知雄・梶谷懐『超大国・中国のゆくえ4 経済大国化の軋みとインパクト』では、著者の経済学者としての鋭い分析を見ることができます。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150708/p1



K・ポメランツ『大分岐』
大分岐―中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成―
K・ポメランツ 川北 稔

4815808082
名古屋大学出版会 2015-05-30
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  「なぜ、西欧文明が世界を制覇したのか?」、これは歴史を学んだ者お多くが持つ疑問でしょう。
 当然、多くの学者もこの疑問を考え続けており、御存知の通り、マックス・ヴェーバープロテスタンティズムという宗教にその要因の一つを見ましたし、D・C・ノースは『経済史の構造と変化』でその要因の一つを西欧における知的財産権の確立に見出しました。
 今までのイメージだと、「ルネサンス以来進歩を続けてきた西欧諸国が、産業の革命の力もあって、停滞を続けていた中国を抜き去る」といった形で捉えられることが多いですが、この本ではそうしたイメージを否定し、18世紀までは西欧と中国や日本は「似た社会」だっとしています。
 そして、その「似た社会」が18世紀後半から19世紀にかけて「大分岐」を起こし、西欧諸国の覇権につながったというのが著者の見立てです。そして、その「大分岐」の理由は、石炭と新大陸(アメリカ)の存在にあるといいます。
 西洋と中国や日本の経済レベルをいかに比較するかという部分にかなりの紙幅が割かれており、専門的な本ではあるのですが、それでも歴史上の大問題に一つの答えを提示する非常に刺激的な本だと思います。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150902/p1



杉田真衣『高卒女性の12年』
高卒女性の12年: 不安定な労働、ゆるやかなつながり
杉田 真衣

4272350412
大月書店 2015-07-21
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 この本のウリはなんといっても「高校3年から30歳まで」の12年間にわたって公立普通科の最低位校出身の4人の女性のライフヒストリーを追っている点。
 若者のライフヒストリーを追おうとした本というのは珍しくはないですが、その多くは若者に今までの過去の聞き取りをした本ですし、またその後をフォローしたとしても5年程度がいいところでしょう。
 それに対して、この本では高校時代から高卒1年目、3年目、5年目、10年目、12年目と継続的にインタビューを行っています。過去の聞き取りだと、どうしても「面白い過去」、「語るに値する過去」を持つ人の語りが目立ってしまうということがあるのですが、この本では、そういったバイアスなしに、「素のライフヒストリー」を提示することに成功しています。
 また、後半では4人のライフヒストリーをもとに分析が行われており、本のサブタイトルでもある「不安定な労働、ゆるやかなつながり」が浮かび上がるような構成になっています。
 「家族」「友達」「ソーシャル・キャピタル」「雇用」「風俗産業」など、若者を取り巻くさまざまな問題が見えてくる本です。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150930/p1



G・エスピン‐アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』
福祉資本主義の三つの世界 (MINERVA福祉ライブラリー)
エスエスピン‐アンデルセン Gosta Esping‐Andersen

4623033236
ミネルヴァ書房 2001-06
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 もはや古典となりつつある名著なわけですが、やはり面白いですね。
 福祉国家を単純に福祉予算の額などから分析するのではなく、市場を重視する自由主義ジーム(アメリカ、オーストラリアなど)、福祉制度が職業などによって細かく分割されている保守主義ジーム(ドイツ、フランス、イタリアなど)、普遍的な福祉を供給する社会民主主義ジーム(スウェーデンデンマーク、オランダなど)の3つのレジームの違いから分析し、その違いを示すとともに、さらにそのレジームが社会階層や雇用にどのような影響を与えているかということが分析されています。
 社会科学の一つの業績として読む価値が有るのはもちろんですし、今の日本の福祉や雇用といった問題について考える上で、十分に現役として機能する重要な本だと思います。読んでみたいけどさすがに読む暇がないという人は、筒井淳也『仕事と家族』が、このエスピン‐アンデルセンの図式を下敷きにしつつアップデートした議論をしているのでおすすめです。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150514/p1



小林道彦『政党内閣の崩壊と満州事変―1918~1932』
政党内閣の崩壊と満州事変―1918~1932 (MINERVA人文・社会科学叢書)
小林 道彦

4623055728
ミネルヴァ書房 2010-02
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 大正期における政党内閣制の確立から五・一五事件による政党内閣の終焉までの政治と軍の関係を丹念に描き出した本。膨大な量の1次史料にあたっており、265ページの本文に100ページ以上の注がつくというバリバリの専門書になりますが、そうした史料の中から立ち上がってくる政軍関係の歴史は、今まであったいくつかのイメージを覆す新鮮なものです。
 個人的には、田中義一、森恪、永田鉄山といった人物のイメージについていろいろと書き換えられるところがありました。分析自体は一次資料を積み上げた地道なものですが、この本はその地道な作業を積み重ねることで、かなり大きな絵を書くことに成功しています。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20151026/p1


  • 小説


レアード・ハント『優しい鬼』
優しい鬼
レアード・ハント 柴田元幸

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朝日新聞出版 2015-10-07
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 アメリカの田舎を背景にノコギリで音楽を奏でる鋸音楽師など不思議な人々を、詩に近いような語り口で語った『インディアナインディアナ』のレアード・ハントの長編小説。
 黒人奴隷の反抗によって逆に奴隷のようになってしまった女性を中心に据えて、奴隷制という「狂った世界」を描いた小説。『インディアナインディアナ』を読んだ印象からすると、レアード・ハント奴隷制のような「重い」テーマはしっくりこないような気もしていたのですが、読んでみるとフォークナー的なアメリカの田舎の「暗い部分」を的確にえぐっていると感じます。220ページほどの小説ですが、ずっしりと来る読後感を残す小説ですね。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20151129/p1



呉明益『歩道橋の魔術師』
歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)
呉明益 天野 健太郎

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白水社 2015-04-24
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 1971年生まれの台湾の作家・呉明益の短篇集。扉のページにガルシア=マルケスの引用があり、文体は少し村上春樹的。「ギラギラと太陽が照りつける道にゾウがいた」という作品では、実際、村上春樹の名前が出てきますし、いかにも今の文学の「流れ」にいる作家なのかなと思いながら読み始めました。
 実際、途中まではややライトな感じのガルシア=マルケス村上春樹という印象なのですが、小学校の大人びた同級生テレサとの関係や秘密を描いた「金魚」、死んだ鳥を生き返らせようとする「鳥を飼う」といった話になると、もっと別なミルハウザー的なものを感じるようになります。そして、超リアルな中華商場のミニチュアをつくった男を描いた「光は流れる水のように」は、まさに「ミルハウザー!」。村上春樹的な装いの影に隠れていたこの作家の本質が見えてくる後半はほんとうに素晴らしいと思います。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150702/p1



ケン・リュウ『紙の動物園』
紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ケン・リュウ 古沢嘉通

4153350206
早川書房 2015-04-22
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 表題作「紙の動物園」で、ヒューゴー賞ネビュラ賞世界幻想文学大賞の短編部門の三冠を成し遂げるなど、注目を集める新進のSF作家ケン・リュウの日本オリジナル第一短篇集。作者のケン・リュウは1976年に中国に生まれ、11歳の時の渡米して、それ以来アメリカで生活し、英語で作品を発表しています。
 ちょっとテッド・チャンを思い起こすところがありますが、作品としてはテッド・チャンのほうがより深く、より斬新な感じはあります。ただ、ケン・リュウにあるのはアイディアと見せ方の豊富さ。イーガン的な「テクノロジーと心」の問題から、「良い狩りを」に見られるバチガルピ的なスチームパンクっぽい作品まで、いろいろな世界を見せてくれます。また、1960年代の戒厳令下の台湾を舞台にした「文字占い師」などの重めの作品もあり、中国や台湾、さらには日本にたいする批評的な眼差しは、ケン・リュウの面白さの一つだと思います。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150603/p1



スタニスワフ・レム『短篇ベスト10』
短篇ベスト10 (スタニスワフ・レム・コレクション)
スタニスワフ・レム 沼野充義

4336045054
国書刊行会 2015-05-25
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 「国書刊行会の近刊予定に載り続けて何年になるんだ?」という「スタニスワフ・レム・コレクション」の1冊『短篇ベスト10』がついに刊行!
 この本はもともとポーランドの読者投票などをもとにして選ばれたレムの短編15本を集めたもので、そこから『完全なる真空』に収録されてる作品と、『泰平ヨンの未来学会議』を抜いた10本を集めたのが、この『短篇ベスト10』になります。
 どれもなかなか面白いのですが、その中でも圧巻なのが「仮面」。まったく自分が何者かがわからない「わたし」に、「性が凶暴に流れ込んでくるのを感じ」(226p)、宮廷舞踏会で王の前に登場する完璧な美を持つ女性として、物語に入り込む「わたし」。「わたし」には、自分についての知識や自分の目的といったものはわからないが、やたらに発達した分析能力があり、舞踏会での一挙手一投足を衒学的とも言える文体で解析していく。そして、途中で「わたし」の正体が明らかになる展開はぞくぞくします。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20150922/p1



ウィリアム・トレヴァー『恋と夏』
恋と夏 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)
ウィリアム トレヴァー 谷垣 暁美

4336059152
国書刊行会 2015-06-01
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 国書刊行会から刊行が始まった「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」の第1弾は、トレヴァー81歳の作にして最新長編。
 恋愛を知らぬままに農場主の後妻となった孤児院育ちの娘・エリーと芸術家肌の青年・デロリアンの一夏の恋という、あまりにありふれた設定の小説なのですが、面白い!なぜ、ここまでありきたりな話が面白く感じられるのか疑問を持つほどです。
 脇役の詳細な描写に、中心的な部分の大胆な省略。トレヴァーの小説家としての巧さを十分に味わえる小説ですね。
 紹介記事はこちら→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20151009/p1