パク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドB』

 先日紹介したパク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドA』に引き続き、もう1冊の『サイドB』も読んでみました。

 

morningrain.hatenablog.com

 

 『サイドA』はリアリズムから不条理系のSFまで、とにかくパク・ミンギュの引き出しの広さに驚かされましたが、この『サイドB』のほうもバリバリのSFこそないものの、バラエティに富んでいる。

 本書の最後に収録されている「膝」は氷河期の朝鮮半島を舞台に飢えと戦う男を描いた小説ですし(舞台となっている土地が現在の北朝鮮だというところもポイントか?)、アラスカを舞台とした「ルディ」では映画の『ノーカントリー』でハビエル・バルデムが演じた殺し屋を彷彿とさせるような人物が出てきます。

 

 そんな中でもとりわけ上手さを感じるのが、「昼寝」と「星」。

 「昼寝」は妻を亡くし、家を処分して子どもたちに財産を分け与え、地元の施設に入った75歳の男性が主人公です。主人公はそこで高校時代のあこがれの女性と再開するのですが、彼女はすでに認知症になっていました。

 このように書くとかなり切ない話に思えるでしょう。実際、切ない話です。ただし、そこに笑いを挟んでくるのがパク・ミンギュならでは。しかもその塩梅が絶妙です。

 

 「星」はアルフォンス・ドーデの「星」という作品のカバーなのですが、主人公は人生に失敗し、運転代行業をやっている中年の男です。人生への恨みつらみが述べられた後に読者に秘密が明かされて、物語は急展開します。「誰かのそばに神がいないなら……人間でもいいから、いてやらなくてはならないだろう」(203p)との一節が刺さります。

 

 「ディルドがわが家を守ってくれました」もIMF危機以降の中年男性の悲哀を描いた作品ですが、タイトルからもわかるように笑いの要素は十分ですし、最後は火星人まで登場するハチャメチャな展開です。

 「アスピリン」はソウルの上空にUFOともなんとも言えない直径10キロの巨大な白い「もの」が出現します。そのとき、その真下のオフィスビルで働くビジネスマンたちはどうするのか? という話です。

 「アーチ」は漢江の橋のアーチから身を投げて自殺しようとする人を説得するベテラン警官の話。短編なので難しいでしょうけど、ぜひソン・ガンホ主演で映画化してほしい。

 

 どちらかというとインパクトがあるのは『サイドA』だと思いますが、この『サイドB』もパク・ミンギュならでは面白さが詰まっています。余裕があれば2冊揃えましょう。