パク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドA』

 『ピンポン』『三美スーパースターズ』という2冊の長編が非常に面白かったパク・ミンギュの短編集。この短編集は2枚組のアルバムを意識しており、『サイドA』と『サイドB』が同時に発売されていますが、とりあえず『サイドA』から読んでみました。

 収録されている作品は、現代韓国を舞台にしたものとSFの2種類があり、SF作品は奇想系の作品に近いテイストです。

 

 とりあえず前半に収録されている「近所」、「黄色い河に一そうの舟」、「グッバイ、ツェッペリン」の三作は現代の韓国を舞台にした作品で、いずれも非常に上手いと思います。

 「近所」はガンになって仕事を辞めた男が主人公、「黄色い河に一そうの舟」は退職して認知症の妻を抱える男が主人公。いずれも競争社会をドロップアウトしてしまった人物を中心にして、軽快なタッチで、しかも深く、人生のままならなさを描いています。

 「グッバイ、ツェッペリン」は小さな広告会社に務める主人公と先輩が、広告のために空に浮かべたもののロープが切れて飛んでいってしまった飛行船を追いかけるというもの。こちらもまさにままならない状況を描いているわけですが、そのままならなさのおかしみと、先輩との関係の変化といったものが面白いです。ちなみに、いきなり仮面ライダー555が出てきます。

 

 また、なんといっても気持ちがいいのがそのスピード感のある文体。基本的に小さなブロックごとに文章を作っていくようなスタイルなのですが、そこに短文を差し挟むことで加速するような文体をつくり上げています。例えば、こんな感じ。

 

 人間は結局、めいめいの死を待つために耐えに耐えている存在じゃなかったか。その部屋で荷物をほどいて、僕は掃除を始めた。あのときの水気がまだ手に残っているような感じだ。悲しげな月が

 

 わが身を削っているような、深夜だ。

 

 『天路歴程』の第一部を読み終えるころ、ホギから電話がかかってきた。(「近所」25p)

 

 SF系の作品に関しては、ディテールというよりはアイディア勝負の作品が多く、不条理系とも言えるような作品もあります。

 そんな中で面白く感じたのが、「グッドモーニング、ジョン・ウェイン」と「〈自伝小説〉サッカーも得意です」。

 「グッドモーニング、ジョン・ウェイン」は人体の冷凍技術が発達し、不治の病になった人びとが将来の治療のために自らの身体を冷凍するようになった未来が舞台の作品で、ジョン・ウェインが核実験場で映画の撮影をしたために死んだという都市伝説や、全斗煥大統領らしき人物を登場させ、最後にオチを決めます。SF系の作品の中ではもっとも完成度が高いでしょうか。 

 一方、「〈自伝小説〉サッカーも得意です」は自分の前世はマリリン・モンローだったという突拍子もない話から、いかに自分が文学者になったかということを宇宙人なども登場させて描きます。もちろん、無茶苦茶な話ですが、パク・ミンギュの無茶苦茶な話は面白いです。

 

 やはり力のある書き手であることは間違いなく、これは『サイドB』も読まなければなりませんね。