晶文社の「韓国文学のオクリモノ」シリーズの1冊で、2009年にデビューし、若い世代から人気を得ているキム・グミの短篇集。
「韓国文学のオクリモノ」シリーズは、パク・ミンギュ『三美スーパースターズ』、ハン・ガン『ギリシャ語の時間』、ファン・ジョンウン『誰でもない』と読んだどれもが面白かったですが、この『あまりにも真昼の恋愛』も面白かったです。
収録作は「あまりにも真昼の恋愛」、「趙衆均氏の世界」、「セシリア」、「半月」、「肉」、「犬を待つこと」、「私たちがどこかの星で」、「普通の時代」、「猫はどのようにして鍛えられるのか」の9篇。
前半の3篇、「あまりにも真昼の恋愛」、「趙衆均氏の世界」、「セシリア」は今の韓国の姿を切り取った短篇で、特に「あまりにも真昼の恋愛」、「趙衆均氏の世界」は完成度が高いです。
「あまりにも真昼の恋愛」は会社で左遷された(営業課長から施設管理担当という落差の大きさは韓国ならではのものなのか?)ピリョンという男が、16年前に突然「好きだ」と告白されたヤンヒと2人が通ったマクドナルドのことを思い出し、そこに行ってみることから始まります。
韓国社会における「成功」の道を歩んできたつもりだった常識的なピリョンと、ピリョンにとってはまったくの謎だったヤンヒ。出世の階段からドロップアウトしたピリョンがヤンヒの謎を探る話になります。
「趙衆均氏の世界」も出版社に勤務する趙衆均(チョジュンギュン)氏の謎を試用期間中の主人公が探る話になります。昼飯を食べない趙衆均氏、どうやら詩を書いているらしい趙衆均氏、不安定な雇用のもとにいる主人公は、趙衆均氏のことが気になり、やがて趙衆均氏の来歴を知ることになります。
この2つは「短篇小説かくあるべし」という感じで非常に巧いと思います。
ところが、その印象は中盤の「半月」、「肉」、「犬を待つこと」で少し変わります。この3篇はホラーと言っていいものです。
「半月」は母の借金によって、夏休みの間、島に住む叔母さんのところに身を寄せることになった私の話なのですが、男の子からかかってくる謎の電話、寂れたリゾートホテル、おばあさんが差し出すウサギの死体、たくさんの注射器と、ホラー的要素に満ちています。黒沢清あたりに映像化してもらいたいくらい。
「肉」は、娘を持つ専業主婦が主人公ですが、夫の会社は倒産寸前で、売上金に手を付けており、しかも金持ちの伯母さんのもとで謎の仕事をしています。さらに彼女の前には彼女に謝罪しようとする男がつきまとっています。彼女が買った肉が腐っており、しかもラベルが張り替えられていたことをネットに書き込んだところ、彼女のもとに毎日のように謝罪をするための男が現れるようになったのです。
韓国における現代と前近代が直結したような話なのですが、これもホラーテイストです。
「犬を待つこと」は犬を探す若い娘が主人公ですが、母親の不注意で逃したために娘は母親に対して高圧的に振る舞います。最初は家族の歪みのような話かと思うのですが、これまたホラーに近づいていきます。
その後の三作品、「私たちがどこかの星で」、「普通の時代」、「猫はどのようにして鍛えられるのか」はもうちょっと普通のテイストに戻りますが、「私たちがどこかの星で」のカフカ的な総合病院の描写や、小説のなかで投げかけられる謎がそのまま宙吊りになる感じは、少し不穏なものを感じさせます。
ファン・ジョンウン『誰でもない』の「ヤンの未来」も不穏な作品でしたが、今の韓国の気分はこうした不穏なホラーがよくハマるということなのですかね。