サブタイトルは「高校生からの社会科」。このサブタイトルからは同じ有斐閣から出た『大人のための社会科』を思い出しますが、いくつか違っている点もあります。
まず、「大人のため」が「高校生から」となっていることからもわかるように、本書は高校生、特に進路選択に悩む高校生を1つのターゲットにしています。
本書は、環境、貧困、テクノロジー、ジェンダーという4つのテーマについて、政治学、経済学、法学、社会学の4つの視点からアプローチする構成になっています。
例えば、環境問題について興味がある生徒がいたとして、本書を読むと、自分にとって政治学、経済学、法学、社会学のどのアプローチがしっくりくるかということがわかるのです。
というわけで、高校の進路指導室に1冊あるといい本かもしれません。
そして、『大人のための社会科』が井手英策・宇野重規・坂井豊貴・松沢裕作という4人によって書かれていたのに対し、本書は編著者以外に16名の書き手が参加しています。それぞれの4つ学問×4つのテーマでそれぞれ書き手がいるわけです。
そのため、『大人のための社会科』は書き手の個性が強く出た内容だったのに対し、本書は学問の全体的な輪郭のようなものが分かる内容になっています。
例えば、政治学は環境が宇治梓紗、貧困が木山幸輔、テクノロジーが羅芝賢、ジェンダーが松林哲也ですが、分かる人にはけっこう散らばっている感じがわかると思います。
書き手は比較的若い人が多い印象ですが、テクノロジーの部分では、法学は『AIの時代と法』の小塚荘一郎、経済学は渡辺安虎と知名度のある人も書いています。ジェンダーの部分の社会学を担当している森山至貴も広く知られている人かもしれません。
進路選択をすでに済ませてしまった大人にとっても、本書を読むことによって見えてくる各学問の違いは興味深いと思います。
例えば、ジェンダーの部分では、経済学の原ひろみが男女の賃金格差についてとり上げ、政治学では松林哲也が女性議員の割合とその影響について論じています。
ここでは人間が男と女に分けられ、その上で女性の賃金が男性に比べて低かったり、女性議員の数が男性議員に比べて少ないことが問題視されているわけですが、社会学の森山至貴はこの人間を男女に分けること自体を問い直しています。
この辺は既存の概念自体を問い直す社会学ならではの論考になっていると思います。
社会学でいうと、貧困について知念渉が書いている部分の冒頭に置かれている「子どもの貧困」についての授業に対する学生からの感想も「貧困」という概念を鋭く問い直すものになっています。
私が中学の時に仲の良かった子は、中学1年生の時に親が離婚してしまい、途中から貧困になるところをそばで見てきました。生活できないほどではないけれど、人間らしい生活はあまりできていなかったと思います。例えば、私たちが中学生のころ、学校帰りにプリクラを撮るのにハマっていて、ジャンケンで負けた4人が100円ずつ払うというルーティンができていました。ある日ちょうどその子が負けてしまって、お財布を開けたら5円しか入っていなくて、空気がピリッとしたことを今でも覚えています。(132p)
ここで書かれている一連の出来事についてはあれこれ言いたい人も多いとは思いますが、「空気がピリッとした」という部分は現在の日本における貧困を鋭く表していると思います。
この他、貧困については木山幸輔のコンゴ民主共和国で性暴力を受けた女性の治療などにあたっているムクウェゲ医師を紹介した論考も、人々の持っている概念を問い直すようなものになっているかもしれません。
一方で、本書を呼んでいると学問としての経済学と法学のまとまりのよさというものも感じるわけで、やはり、経済学や法学の方がどこの大学に行ってもこのようなことをやるのだということがイメージしやすいかもしれません。
というわけで、最初にも書いたように社会問題に興味がある高校生が、自分にとってどのアプローチに興味が感じられるかということがわかるような内容になっていていいと思うのですが、やはり高校生にとっては少し難しい面もあると思います。
例えば、ブックガイドもついていますが、高校生というよりは学部1年生向きのリストになっているものもあると思います。
イントロダクションの経済学についての読書案内では、4冊目からに伊藤元重『入門経済学[第4版]』、マンキュー『マンキュー入門経済学[第5版]』、神取道宏『ミクロ経済学の力』と並んでいて、1冊飛んでレヴィット/ダブナー『ヤバい経済学』が並んでいますが、経済学部に入学した学生相手ならこれでいいですけど、高校生を対象に入れた場合はさすがに教科書を減らして『ヤバい経済学』を前に持ってきてもいいのではないかと思います。
あと、4つのテーマの最初に「環境」がきていますが、「環境」は扱う問題のスケールが大きいので社会科学の切れ味が味わいにくい問題かもしれません(「テクノロジー」もスケールとしてはでかいですが、近年だとAIを中心とした話にまとめられるので)。
「環境」は4つのテーマの中でも最後に回してよかったような気がします。