ローラン・ビネ『HHhH: プラハ、1942年』

 2013年のTwitter文学賞海外編1位になるなど話題を集めた本ですが、今回文庫になったので読んでみました。

 タイトルの「HHhH」は「Himmlers Hirn heißt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)」の符丁で、ヒムラーに次ぐ親衛隊のNo.2にして、ユダヤ人の最終解決計画の実質的な推進者であったラインハルト・ハイドリヒの暗殺事件を描いた小説になります。

 

 著者はフランス人で、序盤は、自分語りや、事件との出会いや、ハイドリヒに関する調査、歴史小説を書くことについての逡巡が長々と語られており、メタ小説とも言うべきものになっています。

 このあたりについては、ややうるさく感じる人もいるかもしれませんが、ハイドリヒの暗殺の場面からはスピードアップし、さらにときには引き伸ばしながら一気に読ませます。

 この緩急と言うか、モードの切り換えがこの小説の魅力の1つと言えるでしょう。

 

  また、最初の方の逡巡やエクスキューズも、段々とハイドリヒという人物を描くための戦略だということも見えてきます。

 〈金髪の野獣〉、〈第三帝国で最も危険な男〉といった異名を取ったハイドリヒは、中2病的な「かっこよさ」を感じさせる存在でもあり、完璧な悪魔のように描くことがハイドリヒをある意味で魅力的な人間にしてしまうおそれもあります。

 ですから、本書ではハイドリヒがナチの中に居場所を見つけるまでの過程などを詳しく書くことで、ハイドリヒが軽薄さを持つ人間であったことを読者に印象付けています。

 

 一方、ハイドリヒの暗殺計画を実行したガプチークとクビシュについてはストレートな好青年として描かれています。実際そうだったのかもしれませんが、ハイドリヒについて描く時のためらいのようなものはないです。

 だからこそ、結末はわかっていても、後半は暗殺計画の成功と、彼らの無事を祈るような形で読むことになるわけで、このあたりの構成は小説としてはうまいですね。