イアン・マクドナルド『サイバラバード・デイズ』

 「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」の第3弾。『火星夜想曲』などで知られるイギリス人作家イアン・マクドナルドの近未来のインドを舞台にした連作中短編集です。
 収録作品は「サンジーヴとロボット戦士」、「カイル、川に行く」、「暗殺者」、「花嫁募集中」、「小さき女神」、「ジンの花嫁」、「ヴィシュヌと猫のサーカス」の7篇。最後の「ヴィシュヌと猫のサーカス」は上下2段組で120ページをこえるボリュームの中編となっています。

 
 作品の舞台は2047年のインド。
 「オウド」、「バラット」などいくつかの国家に分裂し、気候変動に希少となった水資源をめぐって争いが起こったインドでは、同時にナノテクやAI(人工知能)、生殖医療などが爆発的に発展し、人間を上回るレベル2.9のAI、男でも女でもないヌートという人びと、遺伝子操作によって通常の人間をはるかに上回る知能を持ち倍の寿命を持つ代わりに半分のスピードで成長するブラーミンなど、さまざまなものが登場しています。
 この本ではそんな近未来のインドを舞台にさまざまな話が語られています。


 まず、最初の「サンジーヴとロボット戦士」、「カイル、川に行く」の2篇は正直イマイチ。
 両方とも少年が主人公になっていて、内戦によって分裂したインドとロボット技術、進化したヴァーチャルリアリティ技術を背景に少年の成長や友情が描かれているんだけど、印象としては「ちょっと面白いSF的ガジェットが詰め込まれたよくあるヤングアダルト小説」といったもの。
 あまりノレなかったら飛ばしてしまってもいいと思います。


 その点、「暗殺者」は小説としても面白い。
 「おまえは武器なのだよ、パドミニ、われわれがアザド家に復讐するためのな」、この言葉を幼い頃から父に繰り返し言われてきたジョドラ家の令嬢パドミニ。アザド家の攻撃によって一族を失ったパドミニは、父の「おまえは武器なのだよ」という言葉を支えにアザド家への復讐を誓います。
 水資源をめぐる両家の争い、両家のロボットなどを使った暗殺合戦などのお話の背景も面白いですし、「おまえは武器なのだよ」という言葉の謎も最後まで物語を引っ張ります。
 
 
 「花嫁募集中」は、男女の産み分けによって男ばかりが増えてしまったインドでの嫁探しの話。ややオチが読めてしまう話ではありますが、話自体は面白いと思います。
 次の「小さき女神」は、ネパールで「女神」の転生とされた少女の数奇な運命を描いたお話。女神として崇められ、血を流したことで女神の座を追われ、インドで運び屋になる物語は、そのエキゾチックな描写もあって魅力的です。

 
 そして、収録作の中でもっともよくできているのが「ジンの花嫁」。
 イスラム圏に伝わる伝説の魔神・ジン。ジンは実体が無く目に見えないうえに、変幻自在に姿や大きさを変えることが出来るとされていますが、この小説におけるジンはAIのこと。ネットワークを通じてどこにでも出現し、自分のコピーをいたるところに出現させるAIをジンに見立てて、インド人の女性ダンサーとAIの恋と結婚が描かれています。
 この小説においてレベル2.8のAIは人間と99%識別できず、レベル2.9になると人間特別はつかずに能力はそれを凌駕します。そんなレベル2.9のAIにして外交官のA・J・ラオ、彼はダンサーのエシャに恋をし、エシャはそれを受け入れ結婚します。AIと人は結婚できるのか?SEXは?そんな疑問にSF的想像力によって答えてくれている作品です。


 ラストの「ヴィシュヌと猫のサーカス」は、今までの作品に登場してきたさまざまな出来事を遺伝子操作によって生み出されたブラーミンである主人公・ヴィシュヌの目を通して振り返った作品。断片的だった近未来の様子がまとまった形で描かれています。そして最後はイーガン的な世界に突入するという展開。連作を締めくくるにふさわしいスケール感をもった中編です。


 というわけで冒頭の2作品をのぞけば楽しめました。さまざまなSF的ガジェットとインドならではの伝統や神話が入り混じった近未来のインドという舞台設定も効いています。
 ただ、ややオリエンタリズム的なインド観もあって、外部から見たいかにもインド的なイメージが多く使われています。なので、インドの人が読めば実は違和感を感じるものなのかもしれません。
 同じ「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」から『第六ポンプ』を出しているバチガルピが、『第六ポンプ』『ねじまき少女』で一番近未来のイメージを描くのに適当な場所としてタイのバンコクを選んでいるのに対して、こっちはやや今現在のインドのイメージに頼ってしまっている感があります。
 とは言っても、今現在のインドから導かれているいくつかのイメージは非常に面白くて刺激的ではありますね。


サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
イアン マクドナルド Ian McDonald
4153350036