ミシェル・ウエルベック『素粒子』

 話題になった本でしたが文庫になっていたので旅行に持って行って読みました。
 内容は、愛を求めながらコンプレックスや自意識によって愛を得られないブリュノと、愛に対して無関心で冷淡なために同じように愛を得られないミシェル、この二人の対照的な性格の異父兄弟を通じて、欧州における近代的な自我の行き詰まりを描いて見せるというある意味で王道的な小説。
 だけど、いくつかの点でありふれた普通の小説とは違ったエネルギーを持っている。
 

 まず一つ目は、天才的な科学者であるミシェルが構想する人類の新たなステージ。この構想はエヴァンゲリオンの「人類補完計画」みたいな感じで、SFやサブカルチャーの世界にはよくあるものかもしれないけど、こういった王道的な小説でこの大きなスケール感は珍しい。ちょっとP・K・ディックあたりに通じるものがあると思います。
 そしてもう一つは、この小説がポルノでもある言う事。
 フランスの現代の小説というと、セクシャリティを描くものが多いような気がしますが、それにしてもこの小説はかなりあからさま。ブリュノが追い求め、エスカレートしていく行為はほとんどポルノのようです。


 けれども、この小説の一番の特徴はやはりその文体。
 小説というよりは社会学文化人類学の本にふさわしいようなその文体は、生硬いですが読みやすく、独特の世界をつくり上げています。
 そしてこの文体によって著者は20世紀という消費社会のすべてを描こうとしています。
 多くの小説が「文学的でないもの」をそぎ落として構成されている中で、この『素粒子』は「文学的なもの」と「文学的でないもの」を見境なくかき集めてつくられている小説と言えるでしょう。


 このウエルベックに関しては、東浩紀が『思想地図 vol.4』で絶賛してましたが、これは非常によくわかる。東浩紀の『クオンタム・ファミリーズ』もまた、「文学的なもの」と「文学的でないもの」をかき集めつつ、現代社会のすべてを描こうとした小説でした(もっとも、東浩紀はポルノを書かない(あるいは書けない)ので、複雑なプロットで話をひっぱている)。
 

 どこか過剰すぎるたり部分や安易な展開もあって問題がないとは言えないですが、野心的でなおかつ面白く読める小説ですね。


素粒子 (ちくま文庫)
ミシェル ウエルベック Michel Houellebecq
4480421777