河出書房新社の「世界文学全集」シリーズに入っていた鴻巣友季子訳のものが新潮文庫から出たので読んでみました。
ウルフは前に『ダロウェイ夫人』(角川文庫、 富田彬訳)を読んだことがあったのですが、この『灯台へ』の方がぐっと面白く感じました。
『ダロウェイ夫人』を読んだのがけっこう前のことなので、小説としてどうだったのかというのは思い出せないのですが、この『灯台へ』は鴻巣友季子の訳によって、かなり現役感を取り戻していると思います。
小説の文体というのはどうしても古びてしまうもので、特に訳文は時代を感じさせるものが多いですが、同時に翻訳は訳し直すことでブラッシュアップできるというのが面白いですね。
いわゆる「意識の流れ」の手法を取り入れた作品として有名ですが、この小説では登場人物の意識が追われているだけではなく、そこに語り手の語りも入っており、目まぐるしく視点が飛ぶのが1つの特徴です。
ストーリーはスコットランドの島の別荘を舞台にして、その別荘とそこから灯台までの狭い範囲で展開しますが、一方で、第1部である1日、第2部では10年近い年月の経過、第3部ではまたある1日が描かれるというダイナミックな時間の経過があります。
第1部の中心人物がラムジー夫人です。彼女は哲学者のラムジーを夫に持ち8人もの子どもを産みながら、まだ衰えない美貌を持つ女性です。第1部と第2部の間で第一次世界大戦が起こっているのですが、ラムジー夫人は第一次大戦前の「女性の幸せ」のようなものを全て手に入れた女性と言えるのかもしれません。
これに対して第3部の主人公的な存在になるのがリリー・ブリスコウです。彼女は第1部で自分よりも相当年上の男性であるウィリアム・バンクスといい感じになっており、「結婚することが正しいこと」と無邪気に思っているラムジー夫人は2人がなんとかくっつかないかと思っているわけですが、リリーは独身のままで絵を描き続けています。
第1部と第3部の10年の間にラムジー夫人は亡くなってしまっており、筋立てとしては「古い女性が退場し、新しい女性が残った」とも取れます。
ただし、第3部に通底してあるのはラムジー夫人という中心を失った屋敷やそこに集まった人間の様子であり、リリーもまたラムジー夫人を追憶せずにはいられません。
夫の機嫌を含めてすべてを差配するラムジー夫人が「古き良き時代」を象徴しているともいえます。このあたりは、世界の安定を保ってきた第一次世界大戦前のイギリス(ヴィクトリア女王)と重なるものがあるかもしれません。
本書の魅力の大きなものとして、このラムジー夫人の造形、描き方があげられると思います。
決して完璧な人間性を備えているというわけではありませんが、持って生まれた人間の持つストレートな善意のようなものが溢れています。
そして、第2部で一気に時間を経過させ、第3部でラムジー夫人がいなくなった同じ場所を描く。この構成も見事です。
20世紀を代表する小説として紹介されるのもわかりますね。
