読書

東島雅昌『民主主義を装う権威主義』

「民主主義」の反対となる政治体制というと「独裁」が思い浮かびますが、近年の世界では金正恩の北朝鮮のようなわかりやすい「独裁」は少なくなっています。 多くの国で選挙が行われており、一応、政権交代の可能性があるかのように思えますが、実際は政権交…

柴崎友香『千の扉』

ここ最近、継続している柴崎友香の小説ですが、これもなかなか面白かったです。 作中で明示されているわけではありませんが、新宿の都営戸山ハイツを舞台にした作品で、タイトルの「千の扉」とはとりあえずは団地のたくさんの扉を表しているととれます。 主…

竹内桂『三木武夫と戦後政治』

実は本書の著者は大学時代のゼミも一緒だった友人で、いつか書いた本を読んでみたいものだと思っていたのですが、まさか「あとがき」まで入れて761ページ!というボリュームの本を書き上げてくるとは思いませんでした。 タイトルからもわかるように三木武夫…

ウィリアム・トレヴァー『ディンマスの子供たち』

国書刊行会の「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」の第4弾は、トレヴァー初期の長編になります。 短編の名手として名高いトレヴァーですが、長編でもその辛辣な人間観察や、平凡な人間に潜む狂気を引きずり出すさまは十分に堪能できます。 ただ、初期の…

柴崎友香『待ち遠しい』

『寝ても覚めても』、『わたしがいなかった街で』がとても面白かった柴崎友香の2019年に刊行された小説が文庫になったので読んでみました。ちなみに「毎日文庫」というマイナーなレーベルのためか、出た当初は近所の本屋に見当たらず、しばらくしてから平積…

鶴岡路人『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』

去年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、多くの専門家が状況の変化に伴走する形でテレビや新聞、雑誌などのメディアでこの戦争に関する分析を提供してきましたが、著者もそうした専門家の一人です。 もともと著者は欧州現代政治や国際安全保障…

西谷公明『ウクライナ 通貨誕生』

著者の西谷公明氏からご恵投いただきました。どうもありがとうございます。 本書は『通貨誕生 ー ウクライナ独立を賭けた闘い』(都市出版、1994)が岩波現代文庫で文庫化されたものになります。巻末には2014年のユーロマイダン革命をうけて書かれた「誰にウ…

小宮京『語られざる占領下日本』

去年、NHKスペシャルの「未解決事件」で、松本清張の『小説 帝銀事件』と『日本の黒い霧』をベースにして帝銀事件がとり上げられたのを見た人も多いかと思います。 松本清張の推理は犯人は731部隊の関係者でGHQの圧力によって捜査が中止されたというものでし…

陸秋槎『ガーンズバック変換』

日本の新本格ミステリに大きな影響を受けて小説を書き始めた中国人作家による短編集。ジャンルとしては本作はミステリではなくてSFになります。 日本の小説から大きな影響を受けているだけではなく、表題作の「ガーンズバック変換」は日本を舞台に、しかも香…

平野克己『人口革命 アフリカ化する人類』

去年の夏に出たときに読もうと思いつつも読み逃していたのですが、これは読み逃したままにしないでおいて正解でした。 著者が2013年に出した『経済大陸アフリカ』(中公新書)は、アフリカの現実から既存の開発理論に再考を迫るめっぽう面白い本でしたが、今…

今村夏子『こちらあみ子』

映画『花束みたいな恋をした』に、人物をdisる表現として「きっと今村夏子さんのピクニックを読んでも、なにも感じないんだよ」という台詞があるのですが、それ以来ちょっと気になっていた今村夏子の作品を初めて読んでみました。 この文庫本には表題作の「…

ペ・スア『遠くにありて、ウルは遅れるだろう』

独白は混乱とともに終わった。その後。ぴんと張られた太鼓の革を引っかくような息づかいが聞こえてきたが、それは私のもののようだった。(7p) なかなか印象的な一節ですが、これはこの小説の始まりです。 主人公はある部屋で目を覚ましますが、なぜか記憶…

玉手慎太郎『公衆衛生の倫理学』

新型コロナウイルスの感染拡大の中で、まさに本書のタイトルとなっている「公衆衛生の倫理学」が問われました。外出禁止やマスクの着用強制は正当化できるのか? 感染対策のためにどこまでプライバシーを把握・公開していいのか? など、さまざまな問題が浮…

長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』

伝説の舞踏家である父の存在を追って、身体表現の最前線を志向するコンテンポラリーダンサーの護堂恒明は、不慮の事故によって右足を失い、AI制御の義足を身につけることになる。絶望のなか、義足を通して自らの肉体を掘り下げる恒明は、やがて友人の谷口…

須網隆夫編『平成司法改革の研究』

90年〜00年代にかけて日本ではさまざまな改革が行われました。小選挙区比例代表並立制が導入され、1府12省庁制となり、地方自治では三位一体の改革が行われました。それが良かった悪かったかはともかく、これらの改革が日本の社会に大きな変化を与えたという…

柴崎友香『わたしがいなかった街で』

『寝ても覚めても』が「おおっ」と思わせる小説だったので、『きょうのできごと』を読み、さらにこの『わたしがいなかった街で』も読んでみたのですが、この『わたしがいなかった街で』も「おおっ」と思わせる小説ですね。 主人公の平尾砂羽は大阪出身の36歳…

額賀美紗子・藤田結子『働く母親と階層化』(とA・R・ホックシールド『タイムバインド』)

今回紹介する本はいずれも去年に読んだ本で、去年のうちに感想を書いておくべきだったんですが、書きそびれていた本です。特にホックシールドの本は非常に良い本だったのですが、夏に読了した直後にコロナになってしまって完全に感想を書く機会を逸していま…

イアン・マクドナルド『時ありて』

『サイバラバード・デイズ』などの作品で知られるイアン・マクドナルドが描くSFですが、とりあえずはあまりSFっぽさは感じられないかもしれません。 古書ディーラーのエメット・リーが『時ありて(タイム・ワズ)』という詩集を偶然手にすることから始まりま…

2022年の本

気がつけば今年もあと僅か。というわけで恒例の今年の本です。 今年は小説に関しては、朝早起きしなくちゃならない日が多かったので寝る前に読めず+あんまり当たりを引けずで、ほとんど紹介できないですが、それ以外の本に関しては面白いものを読めたと思い…

ジーナ・アポストル『反乱者』

フィリピンに生まれ、アメリカで創作を学んだ女性作家による小説。帯に「超絶メタフィクション長篇」との言葉があるように、かなり複雑な仕掛けをもった小説でになります。 とりあえず、カバー裏の紹介は以下の通り。 フィリピン出身のミステリー作家兼翻訳…

砂原庸介『領域を超えない民主主義』

版元の東京大学出版会からお送りいただきました。どうもありがとうございます。 まず本書のタイトルですが、これが「領域を超える民主主義」だと、「グローバル化の中での、EUなどの国家を超えた主体や国境を超える多国籍企業やNGOの話なのか?」となります…

柴崎友香『きょうのできごと』

ちょっと前に読んだ『寝ても覚めても』が非常に面白かったので、再び柴崎友香の作品を読んでみました。 この『きょうのできごと』はデビュー作ということでいいのかな? 『寝ても覚めても』はかなりの長期のスパンを描いた小説で妙にスカスカなところのある…

首藤若菜『雇用か賃金か 日本の選択』

新型コロナウイルスによるパンデミックは経済活動に大きな影響を与え、多くの人が職を失いました。 本書の前半では、まさに需要が喪失したといっていい航空業界をとり上げ、日本と欧米の会社で対応がいかに違ったかということから、日本の雇用社会の特質を探…

ルーク・S・ロバーツ『泰平を演じる』

副題は「徳川期日本の政治空間と「公然の秘密」」。 何とも面白そうなタイトルと副題ですが、翻訳に関しても監訳を務める三谷博が本書の面白さに注目してネット上で訳者を募り、それに応じた友田健太郎が訳したというもので、今までにはない切り口で江戸時代…

呉濁流『アジアの孤児』

1900年、台湾に生まれ、日本の植民地支配の中で育った著者の手による日本語の小説。植民地支配の中で教育を受けたものの、日本人と同じようにはなれず、一方で大陸に渡れば警戒され、下に見られるという台湾生まれの知識人の悲哀を描いた内容になります。 本…

板橋拓己『分断の克服 1989-1990』

副題は「統一をめぐる西ドイツ外交の挑戦」、ドイツ統一を西ドイツの外相であったゲンシャーを中心に追ったものになります。 著者が訳した本に、ドイツ統一の過程をコンパクトにまとめたアンドレアス・レダー『ドイツ統一』(岩波新書)があります。 この本…

劉慈欣『流浪地球』

『三体』の劉慈欣の短編集。短編といっても50ページ近い作品が多いので中編集くらいなイメージかもしれません。 『三体』はとにかくスケールの大きなアイディアがこれでもかと投下されていて、リアリティなんて考えていられないほどに面白いわけですが、そう…

ケイトリン・ローゼンタール『奴隷会計』

奴隷制というと野蛮で粗野な生産方式と見られていますが、「そうじゃないんだよ、実はかなり複雑な帳簿をつけてデータを駆使して生産性の向上を目指していたんだよ」という内容の本になります。 何といっても本書で興味を引くのは、著者は元マッキンゼーの経…

柴崎友香『寝ても覚めても』

読み始めたときは随分とちぐはぐな印象の小説だなと思いつつも、最後まで読むと「そういうことだったのか!」となる小説。 主人公に感情移入できる人は少ないかもしれませんし、読むのがやめられなくなる小説とかではないのですが、最後のゾワゾワっとする展…

マーガレット・アトウッド『侍女の物語』

ちょっと前に読み終えていたのですが、感想を書く機会を逸していました。有名な作品ですしここでは簡単に感想を書いておきます。 舞台はギレアデ共和国となっていますが、どうやら近未来のアメリカで、出生率の低下に対する反動からか、何よりも生殖が優先さ…