マーガレット・アトウッド『侍女の物語』

 ちょっと前に読み終えていたのですが、感想を書く機会を逸していました。有名な作品ですしここでは簡単に感想を書いておきます。

 

 舞台はギレアデ共和国となっていますが、どうやら近未来のアメリカで、出生率の低下に対する反動からか、何よりも生殖が優先されるいびつな社会となっています。

 「侍女」である主人公の役目は「司令官」と呼ばれる屋敷の主の子を産むことであり、そのために自由が徹底的に奪われています。

 

 いわゆるディストピアSFですが、一般的なSF小説とは違い、この世界がどのような世界であるかのディティールはエピローグ的な部分まで伏せられています。このあたりはカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』とか『クララとお日さま』とかと似てますかね。

 ただし、カズオ・イシグロの小説があくまでもノスタルジー的な雰囲気をたたえているのに対して、こちらはそういったものはなく完全にディストピア感が漂っています。

 

 セックスというのは愛と生殖と快楽が混じっているものですが、生殖が何よりも重視される社会で、まず排除されるのは快楽です。「奔放な女性」みたいなものは社会の敵以外何者でもないわけです。

 では、愛はどうかというと基本的には排除されています。とにかく妊娠するかしないか、無事に出産できるかどうかがすべてなわけです。

 

 ただし、愛がまったく消えたわけではなくて、司令官と侍女の性交渉には司令官の正妻が立ち会うというか、ずっと主人公の両手を握っているんですよね。ここの描写が最高にグロテスクで、グロテスクに満ちたこの小説の世界の中でも最高にグロテスクなシーンになっています。

 全体的に強い印象を残す小説ですが、その中でもこのシーンは他の人には書けないんじゃないかと思わせる強烈さです。

 

 ただ、1点だけ気になったのは、途中で日本人観光客が普通に出てくるところ。1985年に発表された作品ということで日本人が出てくるのでしょうけど、閉鎖空間に会いた穴という感じで不思議な印象を受けました。