今村夏子『こちらあみ子』

 映画『花束みたいな恋をした』に、人物をdisる表現として「きっと今村夏子さんのピクニックを読んでも、なにも感じないんだよ」という台詞があるのですが、それ以来ちょっと気になっていた今村夏子の作品を初めて読んでみました。

 この文庫本には表題作の「こちらあみ子」、「ピクニック」、「チズさん」の3作品が収録されています(「チズさん」は非常に短い作品)。

 

 「こちらあみ子」は「無垢」な女の子を描いていて、読ませる力はあるけど、個人的にはそんなに好きなタイプの作品ではない。

 あみ子の持っている障害が具体的にどのようなものかは作品の中では示されていないのですが、そういった人物にある種の「無垢さ」が仮託されている作品の骨格自体があまり好きではないです。ただし、個々のシーンは上手いと思います。

 

 その点、「ピクニック」は物語の中心となる七瀬さんが「無垢」という言葉に収まらない点が面白いと思う。

 ビキニ姿の女の子がローラーシューズを履いて接客するという店に、七瀬さんというやや年長の女性がやってくる。七瀬さんは腰が低く親切なんだけど、非常に不器用。ただし、人気のお笑いタレントと「運命的な出会い」をして付き合っているという。

 

 この「ピクニック」の面白さは、店の女の子たちが七瀬さんの突拍子のない行動を受け入れ、支援し、七瀬さんの世界を守ろうとしている点です。

 七瀬さんの話にはどこまでが本当なのかわからない部分があるのですが、その「幻想」をみんなで守ろうとするのです。 

 

 嘘は良くないとされていますが、ときに嘘は自分を守るために必要です。そして、その嘘を中心に大げさにいうと共同体が出来上がる、この小説はそんな話です。

 最初に戻ると、「きっと今村夏子さんのピクニックを読んでも、なにも感じないんだよ」というセリフで指摘されている人は、「人を守るための嘘」がわからない人と言えるかもしれません。

 この「ピクニック」は面白かったですね。