ファン・ジョンウン『年年歳歳』

 短編集『誰でもない』が面白かったファン・ジョンウンの長編で、韓国で2020年に「小説家50人が選ぶ今年の小説」にも選ばれているとのことです。

 この小説を書くことになったきっかけは、著者が順子(スンジャ)という女性に数多く会ったことだといいます。1940〜50年代は日本の植民地支配の影響もあって「子」が付く名前が多く、訳者あとがきによれば、ファン・ジョンウンは「困難なく順調に育ってほしい」という願望と「おとなしく人の言うことを聞く女の子ならば幸せになれるだろう」というが願望の2つが反映したものと見ています(182−183p)。

 そして、ファン・ジョンウンが1946年生まれのスンジャさんの避難(朝鮮戦争に伴うもの)の話を聞いたことがこの小説には反映されています。

 

 冒頭はイ・スンイルが次女のハン・セジンとともに北朝鮮との国境近くにある母方の祖父の墓を廃墓する話であり、ここからイ・スンイルの波乱の人生が語られていくように思えます。

 実際、「無名」という章では、イ・スンイルが小さい頃に両親を失い、途中まで自分がスンジャという名前だと思って暮らしていたこと(スンジャ(順子)だと思いこんでいたが、戸籍はスンイル(順一)だった)、ひどい境遇の中で、スンジャという名前を持つ同年代の少女と知り合ったことなどが書かれています。

 

 ただし、この小説はここまで書いてきたことから想像できるような大河ドラマではありません。

 確かに朝鮮戦争によって一時的に北朝鮮領になり、また韓国領になった地域で起きた悲劇とか、アメリカ人と結婚して米国に渡った叔母さんの話など、韓国史をたどるような展開もあるのですが、基本的にはイ・スンイルとその二人の娘であるハン・ヨンジンとハン・セジンの話が連作短編のように語られています。

 

 ちょうど、『誰でもない』に収録されている「ミョンシル」を思い起こさせるところがあります。「ミョンシル」は、老婦人が死んだ恋人のシリーの思い出を回想しながら、その思い出を書こうとする作品で、シリーは物語を書こうとしていたのですが、断片だけを書いて、きちんとした物語を書けないままに亡くなっています。そして、シリーのことを書こうとした主人公のミョンシルもなかなか書けないというものです。

 大河ドラマになりそうな題材は、連作短編といった形で、きれぎれの断片としてそこに置かれているのです。

 

 そして、イ・スンイルが韓国の過去を、ハン・ヨンジンとハン・セジンが韓国の今を、この3人が韓国の女性を語っています。

 ひたすら耐えてきたイ・スンイルの人生に比べれば、ハン・ヨンジンはデパートの布団売り場で成功を収めていますし、ハン・セジンは演劇などに取り組んだりしていますが、それでもうっすらとした抑圧を感じさせるような状況です。

 声高な主張はないかもしれませんが、結果として韓国の社会を改めて見つめ直すような内容になっています。

 個人的には、最後のハン・セジンがアメリカに行くエピソードの前にワンクッションあってもいいような気もしましたが、しっかりとした読後感を残す小説です。

 

 

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