白水社の<エクス・リブリス>シリーズから出た1986年生まれの韓国の女性作家の短編集。
以前、キム・グミの短編集『あまりにも真昼の恋愛』を読んだときに、いくつかの短編は「ホラーだ!」って思ったのですが、このカン・ファギル『大丈夫な人』はほぼ完全にホラーですね。
ただ、ホラーと言っても血しぶきが飛ぶようなホラーではありません。ここで描かれているのはじわじわと精神的に追い詰められていく怖さです。
冒頭に置かれた「湖―別の人」と、表題作でもある「大丈夫な人」に出てくるのは成功していて表面的には優しい男です。
「湖―別の人」では、主人公の亡くなった友人の恋人として、「大丈夫な人」では主人公の婚約者として登場するわけですが、二人ともそのソフトさの裏に暴力への衝動が垣間見えます。そして、こうした男と二人っきりでいる女性の恐怖というものが描かれるわけです。
女性の日常は、何らかの突発的な出来事で「ホラー」になってしまうかもしれないという感覚がここにはあります。
「虫たち」では、男は出てきませんが、ここではルームシェアをすることになった3人の女性の関係が不穏になっていくさまが描かれています。そして部屋に大量発生する白い虫。ゾワゾワする話です。
この大量の白い虫については「雪だるま」でも出てきます。
「グル・マリクが記憶していることは」は、韓国に働きに来ていたインド人のグル・マリクが残した遺品を受け取りに元恋人同士の2人がソウルの街をさまようという話。
カースト制度があって努力が報われないインドの社会と現在の韓国社会を重ね合わせるような内容になっています。
「手」は、夫が仕事で海外赴任に行ってしまったために、地方にある夫の実家に身を寄せて小さな娘を育てしながら教師をしている「私」が主人公。村にいるヨンジャ婆をめぐる奇妙なうわさ、7人しかいない児童の中で起こっているいじめ。さまざまなものが「私」を次第に追い詰めていきます。
日本にもある土俗的な匂いが漂う「ホラー」と言えるでしょう。
ハン・ガンとかパク・ソルメのような凄みは感じませんでしたが、どれも良くできた短編でしたし、現実のすぐ側にある上手く描いています。