『犬王』

 見終わった最初の感想は「これはクイーンであり、犬王はフレディ・マーキュリーだ」ということ。映画の中のかなりの時間をステージのシーンが占めているのですが、それがとにかく過剰。

 湯浅政明監督は、アニメならではのさまざまな効果を存分に使って作品を見せる監督ですが、今回はありとあるゆる演出方法が詰め込まれれている感じで、とにかく派手で華麗です。

 

 原作が同じ古川日出男、アニメーション制作がサイエンスSARU、この『犬王』も『平家物語』をとり上げているということで、当然ながらアニメの『平家物語』と比較したくなるのですが、『平家物語』の無常観を比較的淡白な絵で抒情的に表現していた『平家物語』に対して、こちらの『犬王』は時代が室町時代に下ったということもあって、さまざまな演出がごった煮のように使われています。

 浮世絵を思わせる、平面を並べて奥行きをつくる感じとか、盲目の友魚(ともな)(→友一→友有)の視界を表現しようとする効果、異形の犬王のダイナミックな動きなど、これでもかと凝った演出が繰り出されています。

 

 一方、このようにステージを中心とした演出に全振りしているので、ストーリー自体は比較的シンプルです。

 壇ノ浦の漁師の子だった友魚は、沈んでいた三種の神器の1つである草薙剣の呪いによって父を失い、自らは盲目となります。その後、友魚は友一という名の琵琶法師となって京の都で異形の犬王と出会い、ロックバンドのようなスタイルで犬王の舞(能楽)を盛り上げます。そして、この二人の挑戦がそのままストーリーになっています。

 草薙剣の行方とか、足利義満に認められるまで犬王の舞台を後援していた人物がいたのか? とか、いろいろとストーリーを発展させることはできたと思いますが、そのあたりは追求せずに、とにかくステージを見せます。

 

 ステージは荒唐無稽であるのですが、特に鯨をモチーフにしたステージはカッコいいですね。

 能に関しては、正直退屈というイメージしかなく、足利尊氏のころに能を見ていた観衆が興奮して舞台を破壊したとかいう話を聞いても、理解できないでいるのですが、室町時代の能はもっと派手で過激なものだったのかもしれません。

 その失われてしまった過激さを、今ある全ての材料で再現してみせたのが、この『犬王』という作品でしょう。