2008年の本

  • 小説以外の2008年の本

 まずは小説以外の本を5冊ほど。

1位 豊永郁子『新保守主義の作用』 

4326301732新保守主義の作用―中曽根・ブレア・ブッシュと政治の変容
豊永 郁子
勁草書房 2008-01-25

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 日本最高の政治学者がチャーグ・ストラウス症候群という難病から帰ってきた!
 デビュー作の『サッチャリズムの世紀』も素晴らしかったですが、この本も期待以上の出来。新保守主義の思想と展開について鋭い分析が光りますが、特にNTTの分割政策に焦点を当て、コーポラティズムの挫折と「社会民主主義勢力の消滅の瞬間を確認する」第2章の面白さは出色。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080216/p1


2位 イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』

4163697705その数学が戦略を決める
山形 浩生
文藝春秋 2007-11-29

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 これは専門職の人びとにとっては怖い本。
 「絶対計算」と呼ばれる大量のデータを用いいた統計分析が、さまざまな分野で新しい物事の捉え方を発見しており、その「絶対計算」が各業界の専門家を打ち負かしつつあることが述べられています。医者は診断プログラムに負け、教師の技術は「ダイレクト・インストラクション」と呼ばれるシナリオ付の教育に劣るという現実。
 専門職の人は将来のためにも読んでおいた方がよいです。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080113/p1


3位 斎藤環『文学の断層』

4022504080文学の断層 セカイ・震災・キャラクター
斎藤 環
朝日新聞出版 2008-07-04

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 この本に書かれている「コミュニケーションは変化をさまたげ、理解は成長を阻害する」という言葉は、今年一番インパクトのあった言葉かもしれません。
 著者にとっては『文学の徴候』につづく2冊目の文芸評論となりますが、作家論であった前作に比べると、今作は時代と切り結ぶ批評になっており、セカイ系、そして震災以後の文学を語る上で外せない視座を提供してくれる本です。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080803/p1


4位 ポール・コリアー『最底辺の10億人』

4822246744最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?
中谷 和男
日経BP2008-06-26

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 「貧しい国はなぜ貧しいのか?」という疑問に正面から答え、そしてその抜け出す道を示そうとした本。
 貧しい国にとっては耳の痛いことばかりですし、NGOなどにとっても、自らの仕事を否定されるなど、目障りな本かもしれません。けれども、著者の知的な誠実さというのは伝わってきますし、80年代からほぼ進展のないこの問題のことを考えると、この分野に関わろうとする人にとって必読の本と言えるのではないでしょうか。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080820/p1


5位 斎藤環『母は娘の人生を支配する』

4140911115母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか (NHKブックス)
斎藤 環
日本放送出版協会 2008-05

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 また斎藤環ですが、この本も読ませる。
 日本の家族関係の中では突出して親密に見えるこの母娘の関係、しかし親密だからこそ病理も生じやすいこの母娘の関係とその病理について語った本です。表紙のイラストも描いているよしながふみなどの発言をとり込んだ分析には非常に鋭いものがあると思います。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080612/p1
 

  • 2008年の小説

 今年読んだ小説は数えた所39冊。国内のは2冊で他はすべて海外物という偏りぶりです。
 ただ、今年は面白い本が多かったので10冊紹介します。

1位 ダニロ・キシュ『砂時計』

4879842486砂時計 (東欧の想像力 1) (東欧の想像力)
奥 彩子
松籟社 2007-01-31

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 発売は去年でしたが、今年一番の読書体験を味わわせてくれた本。
 アウシュビッツで命を落としたというユダヤ人で作者ダニロ・キシュの父親エドゥアルド。この小説では、その父エドゥアルド(作中ではE・Sと表記される)の人生の一部が、技巧を凝らした語り口で語られます。そして、最後におかれた実在の手紙。歴史的な事実の重みとそれを幾重にもくるんだ迷宮のような構成。読む人を選ぶ小説かもしれませんが、20世紀文学の最高峰と言ってもいいでしょう。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080629/p1


2位 ブルガーコフ巨匠とマルガリータ

4309709451巨匠とマルガリータ (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5)
水野 忠夫
河出書房新社 2008-04-11

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 今年の夏は舞城王太郎の大作『ディスコ探偵水曜日』も出ましたが、それを圧倒するスピードと強度、そしてイカレ具合。文学史上もっとも愛すべきキャラクターのベゲモートと一緒に気に入らないやつは全員精神病院送りってことで。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080514/p1


3位 エステルハージ・ペーテル『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし』

4879842656ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし―ドナウを下って (東欧の想像力) (東欧の想像力)
早稲田 みか
松籟社 2008-11-30

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 昨日読み終えたばかりですぐ下の記事で紹介していますが、これも第1位の『砂時計』と同じ松籟社「東欧の想像力シリーズ」。ポストモダンにならざるを得ない東欧(中欧)の蹂躙された歴史と、それに対抗するブラックなユーモア。素晴らしい小説だと思います。


4位 アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』

4150116342虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2) (ハヤカワ文庫SF)
寺田克也 中田 耕治
早川書房 2008-02-22

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 今さら紹介するまでもないSF史上に燦然と輝く名作ですが、今年復刊されて読んで期待に違わず面白かった!
 タイポグラフィーなどの文学実験もしながら、ベスターが生み出すイメージの力によって読者を引っ張り、また、そのままアクション映画にできるような緊迫感の中に、しっかりとした社会批判を組み込む。SF的なアイディアも何冊分にもなるようなものがつぎ込まれており、SFとしては非の打ち所のない作品と言っていいでしょう。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080319/p1


5位 エリザベス・ボウエン『エヴァ・トラウト』

4336049858エヴァ・トラウト (ボウエン・コレクション)
Elizabeth Bowen 太田 良子
国書刊行会 2008-02

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 正直、訳は固い訳なのでダメな人はダメかもしれません。ただ、それをクリアーすればボウエンの冷静かつ辛辣で、一種の凄みのある観察眼、そしてミステリアスな主人公エヴァ・トラウトの秘密、そして衝撃的なラストが楽しめます。フラナリー・オコナーとか水村美苗とかが好きな人には楽しめるんじゃないでしょうか?
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080329/p1


6位 アラスター・グレイ『哀れなるものたち』

4152088575哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)
高橋和久
早川書房 2008-01-26

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 去年の個人的ベスト1『ラナーク』に引き続いて出版されたアラスター・グレイの長編小説。さすがに『ラナーク』ほどのすごさはないですが、読ませます。構成としてはかなりトリッキーで真実を宙ずりにするポストモダン的な所があるのですが、特筆すべきはそのストーリーを読ませる力。
 怪人的な容貌を持つ天才医師ゴドウィン・バクスターによって創造された20代の女性の身体に幼児のような脳を持つ女性ベラ・バクスター。彼女の並外れた性欲が引き起こすドタバタ劇は、やがて貧富の差や女性差別といった19世紀の社会問題を取り込み、幼児のように無邪気だったベラは社会問題に関心を持つ一人の女性活動家へと成長していくのですが、このあたりの描き方が見事。20世紀の形式で構成された19世紀の小説黄金時代の小説といった趣があります。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080218/p1


7位 レーモン・クノー『あなたまかせのお話』

4336048428あなたまかせのお話 (短篇小説の快楽)
Raymond Queneau 塩塚 秀一郎
国書刊行会 2008-10

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 ナンセンス!いい加減!でも面白い!
 今年なくなった赤塚不二夫に通ずるようなナンセンスさがあります。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20081121/p1


8位 ダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』

4488016073若き日の哀しみ (海外文学セレクション)
Danilo Kis 山崎 佳代子
東京創元社 1995-07

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 『砂時計』があまりにも素晴らしかったため、同じく自らの家族について描いた連作短編のこの『若き日の哀しみ』を読みましたが、こちらもすばらしい!
 特に「少年と犬」は文学史上においても屈指の泣ける短編だと思います。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20081126/p1


9位 ジェフリー・フォード『シャルビューク夫人の肖像』

4270101660シャルビューク夫人の肖像 (ランダムハウス講談社文庫)
田中一江
ランダムハウス講談社 2008-03-01

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 ラストはやや知りすぼみの感もなくはないですが、前半の謎めいた雰囲気は最高。「姿を見ずに、肖像画を描いてほしい」というシャルビューク夫人の注文から始まる物語は、まさにゾクゾクとするような面白さがあります。装丁もよいですね。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20081018/p1


10位 コーマック・マッカーシーザ・ロード

4152089261ザ・ロード
黒原敏行
早川書房 2008-06-17

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 好きなタイプの小説というわけではないのですが、力のある小説であることは事実。
 「この道には神の言葉を伝える人間が一人もいない。みんなおれを残して消え去り世界を一緒に連れて行ってしまった。そこで問う。今後存在しないものは今まで一度も存在しなかったものとどう違うのか。」
 まさにこの問いに答えようとした小説と言えるでしょう。
 紹介した記事(http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080706/p1


 これ以外だと、入手困難なのであげませんでしたがジェフ・ライマン『夢の終わりに…』なんかがよかったですね。(ジェフ・ライマン『夢の終わりに…』読了 - 西東京日記 IN はてな
 今年の発見は何といっても松籟社の「東欧の想像力」シリーズ。国書刊行会の「未来の文学」に匹敵するクオリティの高さだと思います。来年も楽しみ。あと、河出の世界文学全集でダニロ・キシュの『庭、灰』が出るのでそれも楽しみ。
 読もうと思いつつも抜けてしまったのがリチャード・パワーズの『われらが歌うとき』。パワーズは前作の『囚人のジレンマ』でやや見限った感があったのですが、評判いいですね。ただ、パワーズに関しては「ポスト・ピンチョン」かと思ったら「ポスト・アーヴィング」だったいうがっかり感があるんですよね(アーヴィングが悪い小説家というわけではもちろんないのですが)。
 そんなにアメリカ史や「父」の存在とかを信じていていいものかと。


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