2013年の本

 今年は小説はまあそこそこ読めたけど、「大当たり」はなしといった感じ。一方で、小説以外の本についてはあまり読めなかったのですが、けっこう面白い本を読めた気がします。
 というわけで、それぞれ5冊ずつあげていきたいと思います(小説は順位つけて、それ以外は順位なしで)。

  • 小説

1位 ジョナサン・フランゼン『フリーダム』

フリーダムフリーダム
ジョナサン フランゼン Franzen Jonathan 森 慎一郎

早川書房 2012-12-19
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 家族小説の傑作。とにかく読んでて面白い。70年代から00年代までのアメリカの家族を、まるで司馬遼太郎歴史小説のような筆致で描き出します。司馬遼太郎は「鳥瞰」という言葉を使って、上空の離れた場所から歴史を描くというようなことを言っていましたが、この『フリーダム』は著者のフランゼンが、まさに「鳥瞰」の視点で現代アメリカ社会を描いた作品。家族だけでなく、政治や文化にまで目が届いていて、なおかつ読ませる小説です。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20130317/p1


2位 マイケル・オンダーチェ『名もなき人たちのテーブル』

名もなき人たちのテーブル名もなき人たちのテーブル
マイケル・オンダーチェ 田栗 美奈子

作品社 2013-08-27
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 やはりオンダーチェの小説はいい。11歳の少年が経験したスリランカからイギリスへの3週間の船旅。船の大人たちのそれぞれの人生模様と、「毎日一つ以上、禁じられていることをすべし」という取り決めをした3人の少年の船での冒険が、オンダーチェならではの詩的な文体で語られていきます。けれでも、この小説が単純な「少年の冒険譚」で終わらないのは途中で船を降りた後のこと、さらには大人になった後のことが語られていること。少年時代のキラキラした情景と人生の苦味が同時に味わえる小説です。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20131116/p1


3位 ハリー・マシューズ『シガレット』

シガレット (エクス・リブリス)シガレット (エクス・リブリス)
ハリー マシューズ 木原 善彦

白水社 2013-06-13
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 実験的文学者集団「ウリポ」所属のアメリカ人作家による小説。「ウリポ」の他の作家がかなり実験的な作品を残しているので、この小説もそうかと思いましたが、この本の魅力というのはそうした実験性ではなくて、人間の関係性の描き方のうまさであり、その関係性の秘密をあとから明かしてみせる手際の見事さ。お互いに好意を持ちながら上手く噛み合わずに互いに関係を破壊していく父娘、父から受け継いだ財産によってぎくしゃくする姉妹など、他人ではないがゆえにうまくいかない家族の関係が繊細の筆致で描かれます。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20130805/p1


4位 クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』

夢幻諸島から (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)夢幻諸島から (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
クリストファー・プリースト 古沢嘉通

早川書房 2013-08-09
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 夢幻諸島とは著者のプリーストがつくり出した架空の世界にある島々のこと。この小説は、時間勾配によって生じる歪みが原因で精緻な地図の作成が不可能なこの夢幻諸島のガイドブックという体裁をとっています。もちろん、『魔法』、『奇術師』、『双生児』など「語り」と「騙り」を駆使した作品で知られるクリストファー・プリーストですから、この小説も単純なガイドブックではなく、この島で暮らす様々な人々の因縁の糸をたどったようなものになっており、不思議な世界に読者を引きずり込むものになっています。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20131016/p1


5位 ラジスラフ・フクス『火葬人』

火葬人 (東欧の想像力)火葬人 (東欧の想像力)
ラジスラフ・フクス 阿部 賢一

松籟社 2013-01-23
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 舞台は1930年代後半のプラハ。主人公のコップフルキリング氏という火葬場に勤め、火葬こそが近代的な埋葬方法だと確信している平凡ながら奇妙な人物。ナチスの狂気が迫る1930年代後半のチェコで、ドイツ人の血を引くコップフルキリング氏がじょじょにその狂気に侵されていくというのがこの小説のストーリー。ある意味でホラー小説といえるかもしれません。ただ、この小説の「怖さ」というのは、そこで行われている出来事というよりは雰囲気であり、何よりも不気味なのはこの小説にはほとんど「会話」がないこと。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20130204/p1


  • 小説以外

遠藤乾『統合の終焉』

統合の終焉――EUの実像と論理統合の終焉――EUの実像と論理
遠藤 乾

岩波書店 2013-04-24
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 今年読んだ本の中で一番面白かったかもしれません。
 EUについての研究者でもあり、ジャック・ドロールEU委員長のもとで欧州委員会「未来工房」専門調査員を務めたこともある著者のEU研究についての集大成とも言える本。EU統合の歴史を辿るとともに、「連邦国家」を目指す統合が終焉したことを確認し、それでもなお政治において大きな存在感を持つ「未確認政治物体(UPO)」であるEUの実像について迫ります。非常に読み応えのある本で、特にEUの「統合」を阻んだ「国民国家」のロジックの強さと、政治学あるいはその他の社会科学がいかに「国民国家」という枠組みに捉えられているかとうことを論じ部分は面白く、刺激的です。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20130609/p1


小宮友根『実践の中のジェンダー

実践の中のジェンダー−法システムの社会学的記述実践の中のジェンダー−法システムの社会学的記述
小宮友根

新曜社 2011-09-21
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 久々に社会学に対する興味・関心を復活させてくれた本。もともとジェンダー論にそれほど興味はなかったですし、最後に紹介されているマッキノンの議論などにも賛成はできないのですが、ジェンダーをめぐる問題を浮かび上がらせる社会学ならではの手法が鮮やかに示されています。
 この本は2部仕立てになっていて、第1部「社会秩序の記述」は理論編、第2部の「法的実践の中のジェンダー」はその理論を使って強姦罪とその裁判をめぐる問題、ポルノグラフィの規制問題を分析した内容になっています。特に第1部はジュディス・バトラーの理論の分析から始まり、オースティンとデリダのオースティン批判を扱って、さらにウィトゲンシュタインを絡めながらルーマンやゴフマン、そしてエスノメソドロジーへと理論を進めていくという非常に濃密な内容で、理論社会学に興味があるなら「とにかく読め」と言いたいです。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20130402/p1


ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?
ダニエル・カーネマン 友野典男(解説)

早川書房 2012-11-22
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ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?
ダニエル・カーネマン 友野典男(解説)

早川書房 2012-11-22
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 去年のベストにあげた人も多いと思うので今さら感もありますが、やはりこれは広く読まれるべき本。2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが、自らの研究の成果を一般読者にもわかりやすく説明した本で、文句なしに面白いです。今まで行動経済学の本を何冊か読んできましたが、ほぼすべての理論の元ネタがこの本で本家によって解説されています。しかも、たんに数々のバイアスを紹介して啓蒙するのではなく、そのバイアスが時に有益で人間にとって必要不可欠だという確固たる視点のもとに書かれています。ちなみに、カーネマンはノーベル経済学賞を受賞したとはいえ心理学者。この本も心理学の本で、実は経済学に興味がなくても面白く読めると思います。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20130917/p1


岸政彦『同化と他者化 戦後沖縄の本土就職者たち』

同化と他者化 ―戦後沖縄の本土就職者たち―同化と他者化 ―戦後沖縄の本土就職者たち―
岸 政彦

カニシヤ出版 2013-02-15
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 「同化と他者化」、普通の人にはまったく意味の分からないタイトルだと思いますが、副題にあるように戦後の沖縄の本土就職者について調べた本で、非常に面白いです。1950年代後半の、ちょうど日本で高度成長が始まった頃から、1972年の沖縄の本土復帰の時期まで沖縄の若者の多くが本土へと就職のために渡りましたが、この沖縄からの本土就職は失業率などの経済的データだけでは説明しきれないものです。この本では、本土就職の経験者に実際にインタビューをすることで、その背景と本土での経験、沖縄に帰ってきた理由などを探っていき、さらには本土就職のために行われた沖縄人の日本人への「同化」が、かえって「同化」しえない自らのアイデンティティに気づくきっかえとなったことをあぶり出していきます。
 単純に沖縄の人々へのインタビュー集としても十分に面白い本です。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20130724/p1


ダグラス・C・ノース『経済史の構造と変化』

日経BPクラシックス 経済史の構造と変化日経BPクラシックス 経済史の構造と変化
ダグラス・C・ノース

日経BP社 2013-02-21
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 ノーベル経済学賞受賞者ダグラス・C・ノースが、人類1万年の経済史を「制度」、「所有権」、「取引コスト」、「フリーライダー」、「イデオロギー」といった概念を使って分析してみせた本。「制度」や「イデオロギー」という言葉が出てきたことからもわかるように、今までの新古典派の経済分析では取り逃がしてきた部分を組み込むことで、「なぜ歴史上、非効率な制度が存続してきたのか?」という問題にも答えようとした本です。経学学というと、「市場の力を信じ、国家の役割を軽く見る」というイメージがあるかもしれませんが、著者は、国家とその国家が作り出す所有権の構造というものを非常に重視しており、国家の制度について詳しく分析していますし、また経済学では実は分析しにくい企業の分析にも焦点を当てています。
 そして、この本のすごいところは実際に人類一万年の歴史を分析している点。農業の開始による第一次経済革命と産業革命に始まる第二次経済革命を中心に、「なぜ農耕が始まったのか?」、「ローマ帝国が滅亡した理由は?」、「封建制度がなぜ発達したのか?」、「スペインやフランスの経済発展はイギリス・オランダに比べなぜスローダウンしたのか?」、「産業革命をどう捉えるか?」、「アメリカ経済は19世紀末からどのように変質したか?」といった問題が考察されています。


とり上げた記事→ http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20130504/p1



 また、新書については新書ブログのほうで今年のベスト5をあげています。
 http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52056861.html