今年の海外小説に関しては白水社と国書刊行会に尽きる感じ。
ほぼ両社のまわしものみたいなランキングになってしまいましたが、文句なくよかった5冊をあげたいと思います。
一方、小説以外の本に関しては今年もあまり読めなかった感が強いですが(特に翻訳物の難しい学術書に関しては読む気力が弱まってきてしまった…)、そんな中でも面白かった4冊+1シリーズを紹介。こちらは特に順位をつけずにあげていきたいと思います。
ちなみに新書に関しては別ブログでベスト5をあげているのでここからは抜いています。
- 小説
1位 サルバドール・プラセンシア『紙の民』
紙の民 サルバドール プラセンシア 藤井 光 白水社 2011-07-26 売り上げランキング : 16669 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
太宰治は『もの思う葦』の中の「晩年に就いて」という文章で、小説に関して「やさしくて、かなしくて、おかしくて、気高くて、他に何が要るのでしょう」と述べていますが、まさにこの『紙の民』は「やさしくて、かなしくて、おかしくて、気高く」ある小説。しかも、太宰治にはなかった大胆でメタフィクション的な構成まで持っているんだから面白くないはずがありません。
作者と小説の中の登場人物たちが戦争を始めるという、かなりアクロバティックな内容と、それを表現するためにディレイニーの『ダールグレン』を上回るような複雑な段組が用いられているのですが、それでいてブローティガンやレアード・ハントの『インディアナ、インディアナ』、あるいは初期の高橋源一郎なんかに通じる「やさしくて」「かなしい」物語が展開されています。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111112/p1
2位 サーシャ・スタニシチ『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』
兵士はどうやってグラモフォンを修理するか (エクス・リブリス) サーシャ スタニシチ 浅井 晶子 白水社 2011-02-11 売り上げランキング : 247203 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者のサーシャ・スタニシチは、旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナの都市ヴィシェグラードの出身。著者は自ら体験したボスニア紛争に関して、小説の中で「これから起きることはあまりにも非現実的で、架空の物語を語るための非現実性は、もう存在の余地もないほどだ」と述べています。
けれども、著者のスタニシチが「非現実的な現実」の前で、何とかして「物語」の余地をひねり出そうとしたものがこの小説。作者の組み上げた「非現実」がだんだんと「非現実的な現実」に侵食されていくこの小説は決して明るいものではありませんが、ここには「非現実的な現実」に何とかして抵抗しようとする文学の姿があります。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110313/p1
3位 ジャック・ヴァンス『奇跡なす者たち』
奇跡なす者たち (未来の文学) ジャック・ヴァンス 浅倉久志 国書刊行会 2011-09-26 売り上げランキング : 132251 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「月の蛾」の舞台となる惑星のユニークな異文化、「奇跡なす者たち」の呪術と奇跡の逆転した世界、こういった異世界の描き方がヴァンスは抜群にうまいです。
今年亡くなった浅倉久志氏の遺作(遺翻訳?)のような形にもなりましたが、最後に素晴らしい作品を送り出してくれたと思います。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111020/p1
4位 ミゲル・シフーコ『イルストラード』
イルストラード (エクス・リブリス) ミゲル シフーコ 中野 学而 白水社 2011-06-08 売り上げランキング : 373996 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
作者と全く同じ名前のミゲル・シフーコという人物が、フィリピンの国民的作家にしてニューヨークで謎の死を遂げたクリスピン・サルバドール(当然ながらこの「国民的作家」は作者のフィクションです)の死の真相と、失われた遺稿『燃える橋』の行方を追うというストーリーの中に「フィリピン」という国の栄光と悲惨を描こうとした作品。かなり複雑なメタフィクション的仕掛けがしてあるのですが、フィリピンの「国民的作家」をでっち上げる記述が変なパロディの集大成みたいで単純に笑えますし、「わけいっても、わけいっても、フィリピン」といった感じの主人公の旅が面白い。
また、本国を離れた知識人の優越感と劣等感の微妙なバランスを描いている部分も面白かったです。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110630/p1
5位 エリック・マコーマック『ミステリウム』
ミステリウム エリック・マコーマック 増田 まもる 国書刊行会 2011-01-25 売り上げランキング : 159302 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
たんに奇妙な話というのではなく、ミステリーの形式をとりながらもその謎が微妙に空回りする展開になっていて、スタニスワフ・レムの『捜査』あたりを思い出す、よくできた異色作になっています。前半はカフカ的な雰囲気をたたえたミステリー、そして街の秘密、登場人物をめぐる因縁がわかってくるにつれ、奇妙な世界の中につながりができて、すべてのミステリーが解決するかに見えるのですが…。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110929/p1
- 小説以外の本
梶谷懐『「壁と卵」の現代中国論』
「壁と卵」の現代中国論: リスク社会化する超大国とどう向き合うか 梶谷 懐 人文書院 2011-10-14 売り上げランキング : 17824 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
対象の読者がはっきりとしない本かもしれませんが、実はそれだけ幅広く読まれるべき本。良い意味で「知識人の仕事」を十二分に果たした本だと思いました。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111107/p1
「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか 開沼 博 青土社 2011-06-16 売り上げランキング : 765 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110722/p1
東浩紀『一般意志2.0』
一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル 東 浩紀 講談社 2011-11-22 売り上げランキング : 92 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
この本の主張をそのまますべて受け入れるわけではないですが、東浩紀の提案する国民の無意識的な意思を可視化する装置よりも、全ての人が熟議に参加するような状態のほうが「ありそうもない」という指摘は真剣に考えるべき問題でしょう。熟議民主主義は永遠の「未完のプロジェクト」に留まりそうなのに対して、東浩紀の提唱するようなシステムは次第に現実的になっていく可能性が高いのです。
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111212/p1
ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』
アメリカ大都市の死と生 ジェイン ジェイコブズ Jane Jacobs 鹿島出版会 2010-04 売り上げランキング : 75951 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110409/p1
中井久夫コレクション
世に棲む患者 中井久夫コレクション 1巻 (全4巻) (ちくま学芸文庫) 中井 久夫 筑摩書房 2011-03-09 売り上げランキング : 32477 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「つながり」の精神病理 中井久夫コレクション2 (ちくま学芸文庫) 中井 久夫 筑摩書房 2011-06-10 売り上げランキング : 49244 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
中井久夫コレクション3 「思春期を考える」ことについて (ちくま学芸文庫) 中井 久夫 筑摩書房 2011-09-07 売り上げランキング : 41340 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『世に棲む患者』紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110522/p1
『「つながり」の精神病理』紹介記事:http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20110709/p1
『『「思春期を考える」ことについて』紹介記事(その中の一編を中心にとり上げてます):http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111024/p1