ファトス・コンゴリ『敗残者』

 松籟社<東欧の想像力>シリーズの最新刊。今回はアルバニアの最重要作家とされるファトス・コンゴリのデビュー作になります。

 この小説は主人公のセサルが、1991年にアルバニアからイタリアへと脱出する船に乗りながら、土壇場で船降りて故郷に戻ってしまう場面から始まります。

 90年代前半にテレビのニュースを見ていた人は、アルバニア人が船に乗ってアドリア海の対岸のイタリアへと渡る映像を見た記憶があるかもしれませんが、まさにその光景です。

 その91年の時点から過去を振り返る形で小説は進んでいきます。校長のヂョダに殴られた主人公のセサルは復讐を決意し、ヂョダの娘のヴィルマの飼っていた犬を毒殺する計画を立てます。

 

 のっけから暗い感じする小説ですが、この暗い感じは小説の終わりまで変わりません。

 アルバニアというと、スターリン批判以降ソ連と距離をとり社会主義国の中でも孤立し、ほとんど鎖国状態だったことや、社会主義体制が崩壊した後はねずみ講が流行してそれが破綻して大きなダメージを受けたとか、あまり明るいイメージがないのですが、この小説にも明るさはありません。

 主人公は大学で党の幹部の息子のラディと知り合って友情を結び、さらにその従姉妹のソニャとのロマンスに落ちます。このあたりは高揚感がある展開ではあるのですが、全体のトーンはやはり陰鬱です。

 

 タイトルの「敗残者」は主人公を指していますが、主人公は戦って敗れたというよりは、本書の帯にあるように「戦うこともできずに、敗れた男」です。

 本人にもわからないような出自や、よくわからないコネと、よくわからない権力闘争の影響で人生が変わっていく状況であり、その匿名的で、それでいて精巧でもなんでもないシステムと戦うことは困難であり、結局は不合理なシステムの中で流されていくしかありません。

 しかもシステムと言ってもゆるゆるであり、権力が隅々までを統制できていないので、街には酒と暴力が蔓延しているというこれまた陰鬱な状況です。

 そして、その陰鬱さを最初から最後まで描ききったのがこの小説の売りなのだと思います。

 正直なところ、アルバニアに関しては上記のニュースと、『死者の軍隊の将軍』のイスマイル・カダレくらいしか思い浮かばないのですが(これも陰鬱な小説だった)、社会主義下のアルバニアについてのイメージをもたせてくる小説ですね。