バリントン・ムーアJr『独裁と民主政治の社会的起源』

 名著と名高い本を古本で購入して読了。
 確かにこれは素晴らしい本で、いろいろなことを考えさせる本。
 テーマとしては各国の近代化の過程を追いながら、その違いと帰結を論じるもので、「なぜ、ドイツや日本ではファシズムが生まれたのか?」、「なぜ、ロシアや中国で社会主義革命が起こったのか?」という歴史上の難問に答えるものになっています。
 市民革命から比較的順調に資本主義や民主主義が発展したイギリス、フランス、アメリカ。一方、かなりのスピードで近代化に成功したもののファシズムに陥った日本とドイツ、なかなか近代化が進まない中で社会主義革命が起こったロシアと中国、そしてこの本が出版された1966年当時、近代化が起こっていないと考えられていたインド、この8つの国の歴史を比較検討することによって、著者はその運命を分けたポイントを抉り出そうとしています。


 さまざまな歴史研究を引用しつつ、著者が重要だと考える歴史的事件や条件をピンポイントで取り出してくる叙述スタイルは決して明快なものではないのですが、その着眼点の鋭さと、歴史の複雑さを認識しつつ理論を志向する姿勢はすごいです。
 個人的にはこの本を読みながら、同じくタイトルに「起源」がつくということもあって、アーレントの『全体主義の起源』を思い起こしました。哲学者のアーレントとは明らかにしたいものに違いがありますが、膨大な歴史研究を強靭な思考力で再構成していくやり方には共通のものがあると思います。


 目次は以下の通り。

第1部 資本主義デモクラシーの革命的起源
第1章 イギリス―漸進主義に対する暴力の貢献
第2章 フランスにおける発展と革命
第3章 アメリ南北戦争―最後の資本主義革命
第2部 近代世界に向かうアジアの3つの道
覚書 ヨーロッパとアジアの政治過程―比較に際しての諸問題
第4章 中華帝国の衰退と共産主義型近代化の起源
第5章 アジアのファシズム―日本
ここまでが第1巻で以下、第2巻
第6章 アジアにおけるデモクラシー―インドとその平和的変革の代償
第3部 理論的意味と客観化
第7章 近代社会への民主的径路
第8章 上からの革命とファシズム
第9章 農民層と革命
終章 反動的思想と革命的思想
補論 統計と保守的歴史叙述についての覚え書


 このようにこの本では、イギリス、フランス、アメリカ、中国、日本、インドの6カ国の近代化過程を章ごとにとり上げ、さらにその比較対象として適宜、ドイツとロシアについて検討するという形で、実に8カ国もの近代化の過程を比較しています。
 細かい歴史的事実の掘り起こしの部分も非常に面白いのですが、とりあえず、ここでは大雑把に著者の考える近代化のポイントを紹介したいと思います。


 歴史的に、ブルジョワ革命によって農村社会から近代社会へと社会が生まれ変わると考えられています。これは近代化の王道的なパターンで、この本で分析されているイギリス、フランス、アメリカがこのパターンで近代化を成し遂げました。
 イギリスは清教徒革命、フランスはフランス革命アメリカは独立革命ではなく南北戦争がポイントであると著者は見ています。南北戦争を「革命」とすることには違和感を感じる人もいるでしょうが、南北戦争こそがブルジョアの勝利を決定づけたものだというのです。もし、南北戦争で南部が優勢となり、南部のやり方が西部にまで広まったならば次のようになると著者は言います。

 19世紀半ばに北東部から包囲されながら、南部プランテーション体制が西部でも確立しえたとすれば、何が起こったであろうかということだけは考えるべきである。そのような場合、アメリカ合衆国には大土地所有経済、有力な反デモクラシー的貴族層、弱体かつ依存的な商工業階級が見られ、合衆国は政治的デモクラシーの方向に前進することはできないし、また、そのような気もないような、今日の近代化途上にあるいくつかの国々と同じ立場にいたであろう。大まかに言って、それがロシアの状況であった。(第1巻191p)


 イギリス、フランス、アメリカといった国々では、こうしたブルジョア革命で大きな犠牲を出しましたが、それによって封建的な地主層が力を失い、ブルジョワジー(商業資本家)中心の政治体制が確立していきます。


 一方、こうしたブルジョア革命を経験せずに近代化を成し遂げた国もあります。それがドイツと日本です。
 日本に関しては「明治維新があったじゃないか」と思う人もいるでしょうが、著者によれば明治維新は革命ではなく権力闘争です。

 明治維新は中央権力と藩との間の旧式な封建闘争であった。しして幕府に対する闘争を指導した藩は、長州だけでなく薩摩〜「日本のプロイセン」であり我々は長州に関してよりも知るとことが少ない〜もまた、伝統的な農業社会と封建的忠誠を比較的強く残している藩であった。(第1巻302p)

 明治維新フランス革命南北戦争などと比べ犠牲者の少ない出来事でした。また、著者が指摘するように、明治維新の勝者となった薩摩藩が幕府以上に封建的な支配体制を持っていたという点も重要です。
 結果、明治維新では日本の地主による封建的な土地支配の体勢は崩れませんでした。この生き残った伝統的地主層と、新しく生まれた弱いブルジョワジーが同盟を結び、やがてファシズムが生まれてくることになります。


 また、社会主義革命によって近代化へと足を踏み入れた国があります、それがロシアと中国です。
 これらの国は遅れた国でブルジョワジーはほとんど育ちませんでしたが、その代わりに農村には革命を起こすだけの潜在的な力が蓄積されていました。そして、日本では地主層と農民層のある種の紐帯によって抑えられていた、抑圧された状況を変えようという力が革命として爆発したのです。
 一方、インドではカースト制度などにより農民の幅広い団結が難しくなっており、革命も近代化も起こっていないというのが1966年当時の著者の見立てになります。


 おそらく、著者が依拠する歴史研究の中には後に否定されたものもあるでしょうし、新しい発見もあったでしょう。ですから、この本で描き出された近代化の見取り図が一から十までその通りとはいえないでしょう。
 また、例えば自分はフランスの近代史には疎いので、この本で分析されているフランスの近代化の過程が筋道の通ったものなのかはわかりません。
 それでも、これほどの知的刺激に満ちた本というのはなかなかないと思います。自分は大学で日本の近現代史を学んだのですが、それでもこの本の
「第5章 アジアのファシズム―日本」を読んでさまざまな発見がありました。

 
 「歴史を比較する」というのは、そう簡単なことではありませんし、たんなる印象論や粗雑な文明論に陥りがちです。しかし、この本はその難題に果敢にチャレンジし、そしてそれに完璧とは言わないまでも成功しています。
 社会科学の歴史に残る業績といえるのではないでしょうか。


 なお、余力があれば近日中に「第5章 アジアのファシズム―日本」の内容についてもうちょっと詳しく検討するエントリーを書きたいと思っています(あくまで余力があればですが)。


独裁と民主政治の社会的起源―近代世界形成過程における領主と農民〈1〉 (岩波現代選書)
バリントン,Jr. ムーア 宮崎 隆次
4000047892


独裁と民主政治の社会的起源―近代世界形成過程における領主と農民〈2〉 (岩波現代選書)
バリントン,Jr. ムーア 宮崎 隆次
4000047906