上林陽治『非正規公務員』

 図書館、保育園、学校など、国民の多くが直接関わることになる公的サービスの分野で、「非正規」の職員が増えています。
 そんな「非正規公務員」実態を明らかにするとともに、「非正規公務員」の低待遇や不安定な雇用について、関係する法律や判例から、その改善の処方箋を探ろうとしたものです。かなり、法律的に突っ込んだ議論がしてあるために、慣れていない人には読みにくい面もあると思いますが、とりあえず、冒頭の次の部分を読んでほしいと思います。

 公務職場に勤務する非正規公務員が抱えている問題群を、筆者はそこに「四つの偽装」があると整理して論じている。
 第一は、偽装「非常勤」である。
 北陸のある市の公民館に一般非常勤職員として任用されている彼女の周勤務時間は、常勤職員より一日3分、週で15分短いだけである。はたして彼女を非常勤職員と呼んでよいのか。本当は「常勤」の職員で、「非常勤」とするのは偽装ではないのか。
 第二は、偽装「非正規」である。
 四国のある市の保育園に勤務する保育士の彼女は、20年以上継続して同市に任用され、正規保育士と同様にクラス担任まで務めてきた。(中略)このような正規職員と同様の職務に就き責任を有する彼女・彼らを「非正規」職員と呼ぶのは偽装ではないのか。本当は「正規」職員ではないのか。
 第三は、偽装「有期」である。
 一時的でも臨時的でもない恒常的で本格的な業務には、本来であれば常勤で任期の定めのない正規職員を就けるべきことを公務員法は予定している。その恒常的で本格的な業務に有期の非正規公務員を就け、長年にわたり期間を更新し、突如として任用の更新を拒否することは、いざとなったら「解雇」しやすくするために、名目上、期間をつけたにすぎず、それは偽装「有期」である。
 そして第三の偽装は、第四の偽装へと発展する。偽装「雇止め」である。
 民間の労働契約であれば、長年にわたり契約期間を更新しつづけた後の雇止めは解雇とみなされ、それが不当であれば解雇に準ずる雇止めそのものが無効となる。しかしこのような法的保護は公務の有期任用職員である非正規公務員には適用されない。民間ならば解雇とみなされる雇止めが、公務世界では漫然と行われ、法的な保護もない。つまり「雇止め」を装った解雇権の濫用なのである。(1-2p)


 これを読むだけで、「非正規公務員」が大きな問題を抱えていることが見えてくると思うのですが、その「非正規公務員」は近年急増しており、その待遇の低さから「官製ワーキングプア」などという言葉も生まれています。
 本書は2012年出版の本で、現在のデータとは少しずれている部分もあるとは思うのですが、2008年の調査で自治体に勤務する臨時・非常勤職員数は49万9302人であり、これは常勤の職員の約17%にあたります。また、保育士や教員・講師などの分野で臨時・非常勤職員への置換えが著しいです(21ー25p)。
 狙いは常勤職員の定数削減と人件費抑制です。「無駄な公務員を削減する」という主張が本当に無駄な仕事をしている公務員の削減につながっているのであればいいのですが、現実は正規の職員の仕事が非正規に置き換えられているという側面が強いのです。


 この本では、第2章で図書館員、第3章で消費生活相談員、第4章で保育士をとりあげ、それぞれの現場で「非正規公務員」が急増し、しかもその「非正規公務員」がいなければ仕事が回らない状況が紹介されています。
 しかも正規の職員はローテーションで職場を変えていくために、「非正規公務員」のほうが実際の仕事に通じているという状況も当たり前のように生まれています。本来、補完的・補助的な役割を担うはずの「非正規公務員」が基幹化してるのです。
 そして、それにもかかわらず年収は200万円前後という、まさに「ワーキングプア」といっていい待遇なのです。


 こうした処遇の改善が必要であるということは素人でもわかると思うのですが、厄介なのが「非正規公務員」をとりまく法律で、一般的な労働者よりも複雑な立場に置かれています。
 地方自治法172条3項に「第一項の職員の定数は条例でこれを定める。ただし臨時又は非常勤の職については、この限りではない。」と書かれており、正規の職員に関しては条例で定数を決める必要があります。
 これは地方公務員は基本的に辞めさせられないため、議会の制定する条例で定数を決めないと、議会がこれをコントロールすることができないためです。一方、「臨時又は非常勤の職」は基本的に1年以内の任期で任用されており、予算の審議を通じて議会の統制が及ぶと考えられるので、厳しく定数を決める必要がないと考えられています(117ー118p)


 しかし、現実には多くの「非正規公務員」が1年を超えて、場合によっては20年近く勤めたりもしています。
 民間の場合、有期雇用であっても何回も継続して契約が更新されれば解雇法理が適用され、解雇が無効になるとこもあります(東芝柳町事件など)。ところが、「非正規公務員」の雇用は「任用」という形式が取られており、長年勤めていたからといって解雇法理が適用されるわけではありません。つまり、民間の非正規雇用よりもさらに不安定な雇用であるとも言えるのです。
 近年、「非正規公務員」の雇い止めに対して、「期待権」を侵害したとして賠償を認めるケースも出てきていますが(大阪大学図書館事務補助員事件など)、雇用の義務を求める訴訟は厳しいようです(135ー149p)。


 また、詳しくは本書を読んで欲しいのですが、「非正規公務員」に扶養手当、期末手当、退職手当などの支給をするときにも、地方自治法203条と204条の規定から問題が出てきます。
 裁判でも判断は分かれていて、住民からの訴訟によって非常勤職員への退職手当や期末手当の支給が違法であると判断されたケースもあります(155p以下で紹介されている枚方市非常勤職員退職金・期末手当支給損害賠償請求住民訴訟事件など)。
 

 この本では、最後に提言として「非正規公務員の「定数化」」(定数を明確にすることによって予算単年度主義の縛りを超える)と「従来のジェネラリスト型(総合職型)の任期の定めのない正規職員とは異なる、スペシャリスト型(専門職型)の任期の定めのない正規職員という新たな類型をつくること」をあげていますが(295-296p)、特に後者の提言は重要でしょう。
 濱口桂一郎氏などが提唱している「ジョブ型正社員」は、まさに地方自治体でこそ導入されるべきではないかと思っています。日本の民間企業のように何でもやらされる職場では、「ジョブ型正社員」の「ジョブ」の内容と報酬を決めることは難しい面もあると思いますが、図書館員、保育士といった専門職であれば、「ジョブ」の内容と報酬を決めることは比較的容易なはずです。
 そして、こうした地方自治体における専門職が安定した雇用になれば、女性のライフスタイルもずいぶんと設計しやすくなるはずです。


 この「非正規公務員」というのは個人的には非常に大きな問題だと思っています。
 本書は法律的議論も多く、わかりやすい本とは言えないかもしれませんが、「非正規公務員」の現状とその法的な問題を教えてくれる有益な本です。


非正規公務員 (ヒセイキコウムイン)
上林陽治
4535557128


 未読ですが、著者は岩波ブックレットも書いています。問題点の把握にはこちらのほうが良いのかもしれません。


非正規公務員という問題――問われる公共サービスのあり方 (岩波ブックレット)
上林 陽治
4002708691