岡奈津子『〈賄賂〉のある暮らし』

 副題は「市場経済化後のカザフスタン」。中央アジアカザフスタンを舞台に人々の生活の間に賄賂がどのように根を下ろしているのか、人びとはそれをどう感じているのかということを探った本になります。

 途上国において、賄賂がものを言うと話はよく聞きますし、賄賂を始めとした腐敗や不正が経済成長を阻んでいるという話も聞きます。

 では、実際に賄賂がさかんに使われている国における生活はどのようなものでしょうか? 本書では、多くの人々へのインタビューを通じてカザフスタンにおける驚くべき実態を明らかにするとともに、賄賂が組み込まれた社会の仕組みを明らかにしています。

 

 目次は以下の通り。

第1章 中央アジア新興国カザフスタン

第2章 市場経済化がもたらしたもの

第3章 治安組織と司法の腐敗

第4章 商売と〈袖の下〉
第5章 入学も成績もカネしだい

第6章 ヒポクラテスが泣いている

 

 カザフスタンと聞いてもあまりピンとこない人も多いかもしれませんが、世界第9位の広さをほこる中央アジアの国です。

 政治に興味がある人ならソ連時代の末期に大統領となり30年近い独裁政権を築いたヌルスルタン・ナザルバエフ大統領のことや、そのナザルバエフが去年(2019年)についにその座を退いたことを知っているかもしれませんし、フィギュアスケートが好きであればソチオリンピックの男子で銅メダルを獲得し、その後、暴漢に刺されて亡くなるという悲劇に襲われたデニス・デン選手のことを知っているかもしれません。

 

 ナザルバエフもデニス・デン選手も知らないという人もいるでしょうが、本書の第1章では、その国土や政治情勢、民族や言語、人びとの暮らしといったことを丁寧に紹介しているので、これを読めばカザフスタンがどのような国であるかはわかると思います。

 カザフスタンは、ナザルバエフが党首を務めるヌル・オタン党が国会の議席をほぼ独占する権威主義国家で、大統領の血族や姻族が政治や経済分野において重要なポジションについています。

 民族的にカザフ人が中心ですが、ソ連時代はカザフ遊牧民を襲った大飢饉とロシア人などの入植の影響で、1959年にはカザフ人の割合は3割ほどに落ち込みましたが、ソ連崩壊後にロシア人などが去ったことやカザフ人呼び寄せ政策の影響もあり、現在はカザフ人が68%を占めています(38-39p表1-1参照)。

 言語はカザフ語とロシア語が使わえていますが、2025年までにカザフ語をキリル文字ではなくラテン文字表記にする予定になっています。

 経済に関しては、石油・ガス産業が主要な産業で、00年代に入ってエネルギー価格の高騰とともに1人あたりの国民所得も上昇し10年代初頭に1万ドルを突破しました。ODAも受ける側から行う側に移行しつつあります。労働者1人あたりの平均名目賃金は2018年で月額16万3000テンゲ(470ドル)となっていますが、輸出部門の鉱業では高く、教育や医療は平均を下回っているそうです(46p)。

 

 このカザフスタンでは、警察、医療、教育、税関、土地登録など、さまざまな場面で賄賂が横行しています。第2章以降では、その賄賂の実態をさまざまな人へのインタビューを通じて明らかにしています。

 

 多くの人は旧ソ連時代に比べて賄賂が横行していことを嘆いていますが、ソ連が公正な国家だったわけではありません。

 ソ連時代にものを言ったのはコネでした。「100ルーブルより100人の友を持て」という言葉は、美しい言葉にも見えますが、カネがあっても店にものがなく、コネを使わないと欲しい物が手に入らないソ連の実態を表した言葉でもありました。

 こうしたコネはさまざまな貸し借りを生みましたが、市場経済が導入されると、これがカネ、いわゆる賄賂に置き換わっていったのです。

 

 人びとは物事を「早める」ために賄賂を使っています。公立病院の順番待ち、保育園の入園待ち、土地の登録などさまざまなことを「早めて」もらうために人びとはカネを払います。交通警察に賄賂を渡すのも正規の手続きが時間がかかるからでもあります。

 また、カネには煩わしい人間関係のコストを軽減する効果もあります、ソ連時代、コネを使って頼み事をすれば相手に貸しができますが、カネの場合はそういった貸し借りができません。

 

 ではコネには意味がなくなったのかというと、そうではありません。

 誰にカネを払うのか、そして権限を持つ者にアクセスするためにはコネが重要になります。コネがなければカネを払っても相手は持ち逃げしてしまうかもしれません。さらに、コネがあれば相場より安いカネで事が済むこともあるそうです。この賄賂の価格は、コネの強さ(権限を持つ者にどれくらい近いかなど)によっても変化します。

 カザフ人は親族のつながりが強いですが、この親族のつながりは有力なコネです。ただし、親族に貸し借りをつくりたくないのでカネを使う場合もあるそうです。

 

 さらにカザフスタンでは役人や警察官、裁判官、教職のポストなどの公職が、しばしば売買されています。役人になりたい人はカネを払って公職を買います。そして、その支払ったカネ(多くは借金)を取り戻すためにせっせと収賄に励むのです。しかし、上司が変わると、その職が失う可能性もあります。ですから、この投資の回収は時間との勝負でもあります。

 

 カザフスタンにおいて、賄賂を取る代表的な存在が警察です。特に交通違反を取り締まる交通警察はしばしば賄賂を取ります。払う方としても正式な罰金のほうが高いケースがほとんどなので、仕方がないと思って払うのです。

 中には「学割」を適用してくれる警官や、「お金がこれしかない」と言ったら「お釣り」をくれた警官もいるとのことで、賄賂の額に関しては警官との交渉が重要になります。

 こうした賄賂に関しては途上国ではよくあることかもしれませんが、カザフスタンでは運転免許の取得にも賄賂が使われており、文字通り「免許を買う」ケースもあるそうです。

 さらに2011年に最高裁判所の裁判官6名が収賄を理由に更迭されるなど、司法の場でも賄賂は横行しています。起訴されるか、されないか、刑の重さはどうなるか、ここにもカネが関わってくるのです。「控えめに言っても、全体の九割の裁判官の目的はカネ儲けです」(99p)との証言もあります。

 

 徴兵に関しても賄賂が使われますが、面白いのが徴兵逃れだけではなく、兵役につかせるために賄賂を使うこともあるそうです。これはカザフスタンで公務員になるには兵役を終えるともらえる「軍人手帳」が必須だからで、兵役で不合格になった場合、この軍人手帳に診断結果が記載され、公的機関への就職は制限されます。

 ですから、カザフ人の多くは兵役につくことを望みます。一方、ロシア人などの非カザフ人は公職がカザフ人優遇だと信じられていることもあり、いじめなどを恐れて兵役を逃れるために賄賂を使うことも多いとのことです。

 

 元内務省職員の弾性によると、カザフでは、内務省、国家保安委員会、財務警察、検察、税関などに就職するには2000〜3000ドルのお金が必要で、しかもこの地位は上司(パトロン)に依存しています。部下は上司に受け取った賄賂の一部を上納するという「ピラミッド」と呼ばれる構造があり、これが「システム」という言葉で認識されているといいます(112−113p)。現場の職員はこの上納金のため、あるいは自分の使用する備品などを買うためにせっせと賄賂を集めるのです。

 冒頭でとり上げたデニス・デン選手の殺害事件でも、その犯人は1週間前に窃盗罪で逮捕されていた人物でした。しかし、すぐに釈放され悲劇は起こってしまったのです。賄賂の有無まではわかりませんが、腐敗した警察が生んだ悲劇だとも言えます。

 

 賄賂はビジネスの場でも使われています。カザフスタンでは「自分でビジネスをやっている」という人が多いですが、これは雑貨の輸入や小さな店舗の経営、路上販売、民泊など個人規模の小さな事業であることが多いです。当然、正式な許可をとっていないケースも多く、取締りの対象にもなります。

 この取締りを逃れるために賄賂が使われます。また正規の事業者であっても税関をスムーズに通るためには賄賂が必要だったりします。さらに賄賂によって納税額を抑えることもできたりするようです。

 

 住宅の取得でも賄賂が使われます。ソ連時代、都市部の住宅の多くは国家の所有する集合住宅で、住宅を手に入れたい人は何年も待つ必要がありました。市場経済化後、住宅は個人所有となりましたが、住宅の供給は増えず、2004年から公的機関で働く人など一定の条件を満たした人に市場価格の半額程度で住宅を供給するプログラムが始まりました。

 しかし、市場価格の半額程度ということで、当然ながら需要と供給のバランスは取れていません。このときに人びとは書類の準備や待機リストの順番を早めてもらうために賄賂を使います。

 

 このように書いていくとカネが万能な社会にも思えますが、ビジネスの世界ではコネもやはり重要で、「アガシュカ」と呼ばれる影響力のある人物とつながっていることが重要だと言います。カザフスタンでは、このアガシュカを中心とする表からは見えないネットワークが強い影響力を持っているのです。

 

 賄賂は教育の分野でもはびこっています。例えば、学生へのアンケートによると、期末試験をパスするためには2万9000テンゲ(160ドル)、一科目なら5000テンゲ(28ドル)、完成した卒業論文は6万テンゲ(330ドル)といった相場があるそうです(156p)。

 カザフスタン西部のマングスタウ週90〜00年代に卒業証書を取得した教師200名のうち9割が実際には大卒資格を持っていなかった(卒業証書を買った)といいます(157p)。また、大学の授業では教授と「級長」の間で交渉が行われ、「5」(最高評価)は2000テンゲ、「4」は1500テンゲと決まったりしたこともあるそうです(163p)。

 さらには、博士号の取得の際にも、毎年一定数の論文をジャーナルに発表するという条件をクリアーするために論文1本を5000テンゲ(40ドル)で買った話なども紹介されています(166p)。

 学校の卒業試験と大学入学試験を兼ねた全国統一試験(ENT)でも、点数や回答、試験会場での便宜(何度もトイレに行くことを許す等)などが、しばしば公然とカネで取引されており、教育現場のいたる所が腐敗しています(ただし、旧ソ連時代からの教師は賄賂を取らない人が多い、外国人教師が多い東洋学専攻などは腐敗は少ないといったことがあるそうです(165−166p)。

 

 教育現場で腐敗が蔓延している原因としては、教師の給料が低い他に、区長−教育局長−校長−教師の腐敗のピラミッド構造ができており、下の者が取った賄賂の一部は上に上納されるという仕組みもあります(181p図5-1参照)。ここでも「システム」がつくられているのです。

 これらは人材育成の点から言っても、若者の道徳観といった点からも、後々深刻な影響を与えてくると考えられます。

 

 賄賂は医療現場にも蔓延しています。日本でも医師への付け届けの習慣はありましたが、カザフスタンでは救急搬送された患者や陣痛を訴えている妊婦に対して医師が金銭を要求することもあるそうです。

 ここでも背景には医師の給与の低さ(全産業の平均名目賃金が16万3000テンゲなのに対し医師および歯科医師は11万5000テンゲ(211p))と社会保障分野への公的支出の縮小があります。医師たちは自らの給与や足りない経費を補うために賄賂を取るのです。一方、市民も健康診断にかかる時間を節約するためにカネを払って診断書を買ったりしています。

 医師の養成課程でも賄賂は使われているようですが、さすがに賄賂だけで医師になるのは無理だろうと見られています。

 

 本書で書かれている内容は、ずいぶんとひどい話にも思えますが、タイトルにあるようにカザフスタンでは「〈賄賂〉のある暮らし」が根付いています。腐敗がはびこっているとはいえ、ある種の秩序は成り立っているのでしょう。

 ただし、この本を読んで、市場経済をきちんと動かすためには市場の外部が必要なのだということも改めて感じました。例えば、教育の現場で賄賂が横行し続ければ、特に高等教育は人的資本の育成機能も、シグナリングの機能も失い、無意味になっていくはずです。そして、このような教育環境のもとで天然資源に頼る以外の持続的な経済成長が起こるとは思えません(逆に言うとカザフスタンは資源国などでこれでもやっていける)。

 

 もっとも、このような国はカザフスタンだけではないと思います。官僚にしろ警察にしろ教師にしろ、公的な機関で働く人が賄賂を取らないだけの倫理観を持っているというのは実は珍しいことなのかもしれません。

 これは思いつきに過ぎませんが、守旧的で近代化の阻害要因と考えられることも多い儒教も、こういった倫理観をもたせることには大きな役割を果たしており、これが現在の東アジアの市場経済への適応につながっているのかもしれません。

 

 ここでは紹介しきれませんでしたが、本書にかかれているカザフスタンの人びとの生の声は興味深いですし、先ほど述べたようにさまざまなことを考えさせられる本になっています。