オルガ・トカルチュク『プラヴィエクとそのほかの時代』

 去年、ノーベル文学賞を受賞したポーランドの女性作家オルガ・トカルチュクの小説が松籟社の<東欧の想像力〉シリーズから刊行。訳者の解説によると解説を執筆中に受賞の報を聞いたということで、まさにタイムリーな刊行になります。

 トカルチュクの小説に関しては、白水社の<エクス・リブリス>シリーズから出た『昼の家、夜の家』『逃亡派』を読んでいますが、個人的にはこの『プラヴィエクとそのほかの時代』が一番面白く読めました。

 

 本書も『昼の家、夜の家』と『逃亡派』同じく、断片とも言える短い小説が集まってできた長編小説になります。ただし、本書は他の2作とは違って、一貫してプラヴィエクという村が舞台になっていて、なおかつ、登場人物が特定の人物とその子孫に固定されているという点が大きな違いです。

 プラヴィエク(太古という意味がある)に住む、ゲノヴェファとクウォスカという2人の女性とその子孫が織りなす物語で、1914年の第一次世界大戦の勃発から始まり、第2次世界大戦後の社会主義の時代まで続いていきます。

 

 こう紹介すると、多くの人はいわゆる「サーガ」(フォークナーの作品とかガルシア・マルケスの『百年の孤独』みたいなもの)を想像するかもしれません。

 けれども、サーガというには感じはあまりないです。ゲノヴェファの夫のミハウは第一次世界大戦に従軍しますし、第二次世界大戦ではプラヴィエクの村が戦場になります。また、社会主義は領主のポピェルスキの生活を変えます。それでも、そうした歴史的な出来事はあくまでも後景にあり、人びとの運命を翻弄する感はありません。

 もちろん、人びとの生活は社会の変化とともに変えられていくのですが、著者が描きたいのは、歴史に翻弄される人物ではなく、プラヴィエクに根付いた人びとであり、その死とプラヴィエクの風化のようなものに思えます。

 

 そして、『昼の家、夜の家』や『逃亡派』と共通するのが、キリスト教信仰と土俗的な信仰が入り混じったような、ちょっと異端っぽい宗教的な世界観。ご存知のようにポーランドカトリックの国ですが、著者はそこに土俗的な信仰を混ぜて独特な世界観をつくっていきます。

 このあたりは同じ<東欧の想像力〉シリーズから出ているボスニアの作家イヴォ・アンドリッチ『宰相の象の物語』の中の「アニカの時代」を思い出しました(ちなみに本書でもすべての断章に「〇〇の時代」というタイトルが付いている)。

 ただ、『逃亡派』が思弁的過ぎたのに対して、本書はあくまでも人間の生活を描くことに主眼が置かれていて、そこが良い点だと思いました。