ハン・ガン『すべての、白いものたちの』

恢復するたびに、彼女はこの生に対して冷ややかな気持ちを抱いてきた。恨みというには弱々しく、望みというにはいくらか毒のある感情。夜ごと彼女にふとんをかけ、額に唇をつけてくれた人が凍てつく戸外へ再び彼女を追い出す。そんな心の冷たさをもう一度痛切に確認したような気持ち。(133p)

 

 数多くの優れた女性作家が出ている韓国ですが、その中でも突出した凄みを感じさせるのがハン・ガンです。短編集の『回復する人間』でもウィリアム・トレヴァーを思い起こさせるような凄みを感じさせてくれました。

 そんなハン・ガンの代表作の1つが本書ですが、一般的な小説というよりは写真なども交えながら上記で引用したような散文を集めたスタイルとなっています。

 スタイルとしてはノーベル文学賞を受賞したポーランドの作家オルガ・トカルチュクの作品に近いものがありますが、トカルチュクの作品が周囲の生活を起点にしながら、宗教などを交えてイメージをふくらませるようなものだとするのに対して、ハン・ガンのこの作品は、「白」というイメージから常に「死」とその鎮魂に回帰してくるような感じになっています。

 

 その「死」のイメージの中心にあるのは、生まれてすぐに亡くなったこの小説の主人公(著者)の姉の死です。生まれて数時間でこの世から去った姉、その死がもたらした穴のようなもの、さらにそこからの恢復が繰り返し語られています。

 さらに、この作品は著者がポーランドワルシャワに滞在する中で書かれており、そこで知った1944年のワルシャワ蜂起(第2次大戦末期の44年8月に進軍するソ連軍に呼応してワルシャワナチスドイツに対する蜂起が起こったがドイツ軍に殲滅され、ワルシャワの街も破壊された)の出来事が重ねられています。

 ワルシャワのイメージもまた「白」なのです。

 

 ただ、最初にも述べたように、イメージがどんどん広がっていくというよりは、常に自分の「身体」を通じた形で文章が綴られてるのがハン・ガンの特徴と言えるでしょう。とにかく「身体」に起きるさまざまな感覚を言語化するのがうまい作家ですね。