ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』

 ハヤカワでも創元でもなく竹書房文庫から出ている本でまったくのノーマークでしたが、ネットで評判を聞いて読んでみたら、これは面白かった!

 裏表紙の解説は次の通り。

 

全長1マイルにもおよぶ、巨大な竜グリオール。
数千年前に魔法使いとの戦いに敗れた彼はもはや動けず、
体は草木と土におおわれ川が流れ、その上には村ができている。
しかし、周囲に住むひとびとは彼の強大な思念に操られ、
決して逃れることはできない――。
奇想天外な方法で竜を殺そうとする男の生涯を描いた表題作、
グリオールの体内に囚われた女が見る異形の世界「鱗狩人の美しき娘」、
巨竜が産み落とした宝石を巡る法廷ミステリ「始祖の石」、
初邦訳の竜の女と粗野な男の異類婚姻譚「噓つきの館」。
ローカス賞を受賞したほか、数々の賞にノミネートされた、異なる魅力を持つ4篇を収録。
動かぬ巨竜を“舞台"にした傑作ファンタジーシリーズ、日本初の短篇集。

 

 解説にも書いてあるように、この本はグリオールという巨大な竜を舞台とした連作短編集になります。グリオールは魔法使いによって長い眠りについているのですが、まだ死んではいません。そして、眠りながらも周囲に住む人々に大きな影響を与えているというのです。

 表題作の「竜のグリオールに絵を描いた男」は1984年に発表されたシリーズ第一作ですが、著者は「作品に対する覚え書き」の中で、このグリオールは「レーガン政権の適切な隠喩に思えた」(394p)と述べています。

 一瞬、「?」となる表現ですが、レーガン政権が「古き好きアメリカ」を体現する「タイムマシーン」(村田晃嗣『レーガン』中公新書)より)だったということを思い起こすと、なんとなくわかってきます。

 シェパードにとってレーガン政権は「死んだはず」の「古いアメリカ」がゾンビのように蘇ってきたように思えたのでしょう。

 

  全部で4篇が収録されているわけですが、前半の「竜のグリオールに絵を描いた男」と「鱗狩人の美しき娘」は、グリオールが存在する世界、そしてグリオールという眠り続けている竜を紹介する作品と言っていいかもしれません。

 まずはこの2篇で不思議な世界を楽しむことができます。

 

 つづく「始祖の石」は、グリオールを崇拝する教団で起きた殺人事件の謎を、その事件の容疑者のレイモスという男を弁護する弁護士コロレイが解いていくというミステリー。

 容疑者となった男には教団に出入りしていたミリエルという娘がいるのですが、そのミリエルとレイモスの関係、さらにはコロレイとミリエルの関係が複雑に入り混じりながら、事件は二転三転していきます。法廷ものとしても面白いと思います。

 

 最後を飾る「嘘つきの館」は、過去に殺人を犯したホタがグリオールの近くで小さな竜を見かけ、その竜が消えた場所でマガリという女と出会います。

 ホタはマガリを逗留する宿屋へと連れて帰り、そこで奇妙な共同生活が始まるのですが、このホタの造形がいいですし、何よりも美しさと残酷さが交錯するラストは圧巻で、まさに鮮烈な展開を見せます。

 

 巨大な竜を中心とした話ということで、ジャンル的には当然ファンタジーということになるのでしょうが、そういったジャンルを超えて人間や世界の生々しさを伝えるような作品になっています。

 このグリオール・シリーズはまだ何篇かあるそうなので、ぜひ残りも翻訳して出して欲しいですね。