シェルドン・テイテルバウム 、エマヌエル・ロテム編『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』

 ここ最近、「グリオール」シリーズなどのSFを出している竹書房文庫から出たのが、この『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』。

 知られざるイスラエルのSFの世界を紹介するという意味では、中国SFを紹介したケン・リュウ『折りたたみ北京』『月の光』と似た感じですが、「イスラエル」というくくりだけではなく、「ユダヤ」というくくりもあるんで、収録された小説の言語はヘブライ語だけでなく、英語、そしてロシア語も含まれます(翻訳は英語版からのもの)。

 

 700ページを超えるボリュームでさまざまな作品が収録されていますが、意外と近年のイスラエルから想像するようなハイテクものは少ないですし、完全に宇宙を舞台にしたような作品もありません。編者の趣味かもしれませんが、「科学」の要素は抑えめですね。

 いかにもイスラエルっぽい作品としては、エルサレムに現れた死神と結婚するエレナ・ゴメル「エルサレムの死神」や、同居人が急にキリストのような人物になり驢馬が話し始めるニタイ・ベレツ「ろくでもない秋」などがあって、それぞれ面白いのですが、ここでは特に面白かった以下の3作品を紹介します。

 

・ ガイ・ハソン「完璧な娘」

 主人公は人の心の中を読めるテレパスの女性で、この小説の世界ではそうしたテレパスのための学校があります。そこでは死んだばかりの遺体からその人の過去を読み取る訓練が行われています。主人公はそこで自殺した自分と同年代のステファニーという女性の遺体と出会い、その過去の死に至るまでの過程を探っていくのです。 

 他人の秘密というものは、常に人の興味を引くものですが、それを知ることはときに自らの負担となります。人を死に至らしめたものとなればなおさらです。この「完璧な娘」はそうした他人の秘密に引き込まれていく危うさを臨場感をもって描いています。これは上手い小説だと思います。

 

・ サヴィヨン・ルーブレヒト「夜の似合う場所」

 主人公のジーラは長距離列車で移動中に謎の大災害のようなものに巻きおこまれます。それは天変地異のなのか謎の新兵器によるものなのかはわかりませんが、たまたまそのとき喫煙室にいたジーラは助かり、外の人々はほとんどミイラ化していました。

 生き残ったのはジーラと男と修道女と老人と赤ん坊と、あとからジーラたちの住む場所にやってきたポーランド人。他の人々が存在しない世界で、ジーラは自然と男ととともに過ごすようになり、赤ん坊を我が子のように育て始めます。

 この小説は終末世界の描き方も秀逸なのですが、つつましい共同生活がディストピア風味を帯びる最後が見事。終末世界でのディストピアというと、先日読んだケイト・ウィルヘルム『鳥の歌いまは絶え』もそうですが、本作はクローンとかそういうことなしに、ディストピア的な風景が生まれるときを描き出しています。

 

・ ヤエル・フルマン「男の夢」

 男がある女性の夢を見ると、その女性が実際に隣に引き寄せられるという突拍子もない話です。ヤイルは妻のリナと暮らす真面目な男ですが、街でみかけたガリヤという女性が印象に残ったらしく、彼女(の裸)の夢を見ます。そしてそのたびにガリヤは強制的にヤイルの隣に引き寄せられてしまいます。

 もちろん、ガリヤの生活はむちゃくちゃになりますし、ヤイルは悪気のない男なのです罪の意識を感じています。そして寝るのが怖くなり夜に寝れなくなるのですが、そうなると朝や昼に寝てしまいガリヤにますます迷惑をかけます。そして、リナもガリヤにすまないと思っていますが、同時に夫に悪気がないこともわかっています。

 荒唐無稽な話ではあるのですが、個人的には現代の男女の問題についての優れた寓話だと思いました。男性は街で美人を見かけると思わず無意識に性的な目でも見てしまう。ところが、女性の側からすると性的に見られるのは迷惑でもあり、それが仕事などの面で障害となることもある。ただし、すべての女性が常に性的に見られたくないわけでもない。といった難しい状況をうまく表している作品だと思いました。

 余談ですが、イスラームはこの問題に対して「女性が性的に見られる可能性のある部分を隠す」という解決策を提示したのではないかと思っていますが、日本や欧米でそれが採用されるとは思いませんし、また、男女平等がもっと進めば逆にイケメンが意図せずして性的に見られて迷惑するようなケースも目立ってくるのでしょう。

 

 個人的は傑出して面白かったのは以上の3作品ですね。エヤル・テレルの「可能性世界」も面白いですが、熱心なSF読者だとさらに楽しめる作品という感じです。

 『折りたたみ北京』などに比べると収録作品の面白さのばらつきはあるように思えますが、作品のレベルはなかなか高いですし、それほどあからさまではないものの、ユダヤ人的な歴史観というか記憶観みたいなものを感じさせてくれる作品も多いです。それほどSF度は高くないので、普通の文学好きでも楽しめる1冊と言えるでしょう。