オクテイヴィア・E・バトラー『キンドレット』

 黒人の女性SF作家で、ヒューゴ賞やネビュラ賞も獲得したことのあるオクテイヴィア・E・バトラーの長編作品。日本では1992年に翻訳刊行され、今回は河出文庫からの文庫化になります。

 

 26歳の黒人女性のデイナはケヴィンという白人の恋人とともに暮らし、作家を目指していますが、突然、19世紀前半にタイムスリップすることになります。

 そこで助けたルーファスという白人の子どもは黒人奴隷を多く抱えた農場主トム・ウェイリンの息子でした。

 さらに、デイナは自らの祖先のヘイガー・ウェイリンの父と母がルーファス・ウェイリンとアリスだったことに気づきます。つまり、自分が救ったルーファスは、奴隷主の息子でもあり、自分の先祖でもあるというわけです。

 そして、ルーファスが命の危機にさらされると、デイナはタイムスリップして過去へと戻り、過去においてデイナが危機にさらされると現代に戻ってくるようになります。

 

 この設定時代はちょっとご都合主義な感じで、前半は少しありがちな話のように思えます。

 ところが、中盤から本書はこのタイムスリップが奴隷制や当時の南部の状況というものを際立たせる仕掛けとしてうまく機能し始めます。

 デイナはケヴィンと一緒にタイムスリップしてしまうのですが、現代では恋人同士という関係でいられるデイナとケヴィンですが、19世紀の前半の南部ではデイナはケヴィンの所有物ではないとおかしいですし、保護されません。

 

 また、命を救ったことや、現代の知識をもって怪我などの治療にあたったこともあって、デイナはルーファスに対して特別な影響力を持つのですが(タイムスリップをするたびにルーファスは成長しており、おとなになっていく)、それでもルーファスが19世紀の南部の白人です。

 黒人女性のアリスに惹かれつつも、黒人を所有物としてしか扱えないという人間でもあります。

 普通の小説ですと、デイナがいかにしてルーファスを改心させるかということに重点が置かれるのでしょうけど、本書はそのような単純な筋立てにはしていません。

 

 訳者あとがきによると、著者のバトラーは、仲間の黒人学生が自分たちの祖先は抵抗すべきだったと言うを聞いて強い違和感を抱き、こいつを19世紀の南部の農園に送り込んだらどうなるだろうと考えてこの小説の着想を得たといいます。

 ただし、奴隷制のことを調べれば調べるほど、男性を送り込んでも殺されるだけだと思い、主人公を女性に変更した上でこの小説を書き上げたそうです。

 ですから、本書の狙いは奴隷制を現代人に体験させることなのです。

 

 途中にも書いたように、最初は設定がやや安易にも思えるのですが、最終的にはずっしりとした読後感を味わえる小説ですね。