デイヴ・ハッチソン『ヨーロッパ・イン・オータム』

 帯には「ジョン・ル・カレ×クリストファー・プリースト」とありますが、まさにそんな作品です。

 舞台となっているのは近未来のヨーロッパなのですが、経済問題や難民問題、さらに「西安風邪」と呼ばれるパンデミックが起こったことで、人口が減少し、国境管理が再び厳しくなっています。

 さらに機能不全に陥ったEUのもとでマイクロ国家が次々と独立し、都市だけでなく、宗教団体や過激なサッカーファンまで独立し、さらには観光収入をもとに国立公園も独立を狙っています。

 また、ポルトガルリスボンからシベリアのチュコトカまで伸びる大陸横断鉄道も独立して〈ライン〉と呼ばれる国家を形成しています。

 

 2016年のBrexitや2020年の新型コロナのパンデミックなどを経験したあとからすると、そういった経験を詰め込んだ設定にも見えますが、本書が刊行されたのは2014年で、まさに未来を予知したような小説なのです。

 

 そういった世界の中で主人公になるのはエストニア生まれで現在はポーランドでシェフをしているルディという人物です。彼は「クルール・デ・ボワ(森林を駆ける者)という謎の組織にスカウトされます。

 クルールは通常では届けることのできない物を届ける運送業者のようであり、各国にエージェントのいるスパイ組織のようなものでもあります。

 そして、シェンゲン協定が失われた後にシェンゲンの理想を体現しようとする組織と言えるかもしれません。

 

 この組織に入ったルディはさまざまな訓練を受け、ときにはひどい目に遭いながらもいくつかのミッションをこなしていきます。このあたりは完全にスパイ小説です。

 

 ところが、後半になると、18〜19世紀にイギリスで作られた存在しない村が記載された地図などが登場し、この世界はSF的な設定を持つものであることも明らかになってきます。

 

 というわけで、非常に魅力的な設定を持った小説で、前半のスパイの真似事をするシーンなども面白いのですが、前半から後半への話の転換にやや強引なところがある。

 とにかく後半になるとダダダッと話が展開していくのですが、前半にもうちょっとSF的な世界をほのめかすようなエピソードがあっても良かったと思う。

 読んでいる時は面白いのですが、ちょっと惜しい気がしました。