永吉希久子編『日本の移民統合』

 昨年出た『移民と日本社会』中公新書)は非常に面白かったですが、その著者が編者となって移民の「統合」についてまとめたのがこの本。

 本書の特徴は、2018年に著者らが行った在日外国籍住民に対する無作為抽出調査(「くらしと仕事に関する外国籍市民調査」)をもとに議論が行われている点です。

 外国籍の人の生活ぶりや苦労などのエピソードが紹介されることは多いですが、なかなかデータとして補足されることは少なかったと思います。言語の問題や、技能実習生をなかなか対象に含めることができなかったなどの問題もありますが、本書で取り上げられている調査は非常に貴重なものと言っていいでしょう。

 

 目次は以下の通り。

 

序章 移民の統合を考える[永吉希久子]

第1部 移民の社会経済的統合

第1章[教育] 誰がどのような教育を受けてきたのか――出身背景の説明力に関する在留資格グループ別の比較[石田賢示]

第2章[雇用] 移民の階層的地位達成――人的資本・社会関係資本の蓄積の影響[永吉希久子]

第3章[賃金] 移民の教育達成と賃金――教育を受けた場所と経済的統合[竹ノ下弘久・永吉希久子]

第2部 移民の社会的統合

第4章[家族] 移民の家族と日本社会への統合――家族形成と配偶者の国籍に注目して[竹ノ下弘久・長南さや佳・永吉希久子]

第5章[社会参加] 社会的活動から見た社会統合――移民と日本国籍者の比較を通した検討[石田賢示・龚顺]

第3部 移民の心理的統合

第6章[メンタルヘルス] 移民のメンタルヘルス――移住後のストレス要因と社会関係に注目して――[長松奈美江]

第7章[帰属意識] 移民の日本に対する帰属意識――水準と規定要因[五十嵐彰]

第8章[永住意図] 誰が永住を予定しているのか――日本で暮らす移民の滞在予定[木原盾]

終章 日本における移民の社会統合[永吉希久子]

補論 外国籍者を対象とした社会調査をどのように実施するか[永吉希久子・前田忠彦・石田賢示]

 

 日本は建前として「移民」を受け入れないとしているものの、日本に住む外国人は増加傾向にあり、「定住」する人も増えています。

 本書は「生まれ育った国を離れ、自国以外の国(ここでは日本)で暮らしている人」(6p)を「移民」として捉え、必ずしも定住を目的として移り住んだわけではない人を含めて分析を行っています(さらに章によっては在日コリアンを中心に第3世代以降の人も分析の対象に含めている)。

 また、「統合」に関しては、本書では「移民が日本社会の主要な制度に参加する過程」(7p)として捉え、社会経済的統合、社会的統合、心理的統合の3つの次元から分析を行っています。 

 

 「移民の統合」という観点から言うと、日本には政府レベルで移民を包括的に支援するようなプログラムはなく、一部の地域のみにそういったプログラムがあります。 

 在日コリアンの第1世代、第2世代は自営業を通じて社会経済的地位の上昇を果たしましたが、ニューカマー移民の自営業への参入は限定的であり、その多くは非正規雇用として働くことになりました。

 

 一方、日本人の移民に対する態度を見ると、欧米出身者に対しては肯定的なものの、中国や韓国からの移民には否定的な傾向が見られます(25p図序-5参照)。

 ただし、「白人」であることは日本人から肯定的に受け取られる一方で、これが「ゲスト」扱いと表裏一体であることも多いです。つまり「受け入れられているが統合されていない」(25p)という感覚になります。

 これに対して、日本で暮らす中国人の中には外で中国語を喋らずに「日本人として通す」ことで対処しようとするケースもあります。

 本書は、こうした「統合」のさまざまな側面に関して、データをもとに迫っていきます。

 

 第1章は教育をとり上げています。ここでは移民の教育達成水準に関して、(1)特別永住者(主に韓国・朝鮮籍)、(2)永住者・日本人の配偶者・定住者、(3)知識・技能にもとづく就労に関する在留資格の3つにタイプに分けて分析しています。

 教育年数をみると、(3)のタイプは17.17年と長いです。これは資格を得るためには学歴が必要であるからです。一方、(1)と(2)のタイプは13年台となっています(51p表1-1参照)。(1)には年長者も多く、それが教育年数を短くしていると考えられます。

 (1)のタイプを除くと日本での教育経験を持たないケースが多いですが、(3)では日本で大学や大学院に通った者が38%いて(53p図1-1参照)、留学生→在留資格で日本に定住というパターンがあることがうかがえます。

 一方、(2)のタイプは最終学歴もバラバラで、教育ではなく別の形で日本とのつながりがあることがうかがえます。

 

 第2章は雇用です。一般的に、移民は移民先で言葉や社会的なつながりの問題もあって、自分の学歴や技能よりも下の職につき、滞在が長期化する中で地位を向上させると考えられています。本章では、日本でもそれがあてはまるとかということが検討されています。

 

 まず、移民は日本人に比べて非正規雇用・マニュアル職労働者が多いです。初職で40%近く、現職で30%近くと、日本人の1割程度に比べて多いです(71p図2-2参照)。また、中南米や東南アジア出身者では移住前はマニュアル職でなかった人が日本時移住後にマニュアル職になるケースが多いです。

 また、特に非正規では「職業訓練の機会がない」、「同じ仕事をしているのに日本人よりも賃金が安い」(15.6%が「とくにあてはまる」と回答、正規だと10%以下)といった声が見られます(72p図2-3参照)。

 

 滞在年数が延びるほど日本語能力は向上しますが、それが日本人とのネットワーク活用には結びついておらず、また、公共職業紹介所の利用も日本人に比べると低くなっています。

 正規につく確率に関しては、実は来日前に無職だったほうが日本で正規になりやすいというデータが有り、外国人に関してスキルを持たない「新卒」のほうが正規になりやすいと見られます(80p)(来日前に専門職であると「助っ人」扱いされて正規になりにくい(82p))。

 

 第3章は賃金に焦点を当てています。

 本章では、移民を(1)日本で教育を受けたタイプ、(2)非西洋諸国で教育を受けたタイプ、(3)西洋諸侯で教育を受けたタイプの3つに分けて分析しています。ちなみに(1)は日本国籍者に比べて高学歴者が多く、(2)は高学歴者と低学歴者に二極化、(3)は高学歴者に偏っています。

 それを踏まえて賃金を見ていくと(1)のタイプは日本国籍者と変わらず、(2)のタイプは日本国籍者よりもおよそ4割賃金が低いという賃金ペナルティがあり、(3)のタイプは逆に日本国籍者よりも26%ほど賃金が高い賃金プレミアムがあります(98-99p)。非西洋諸国での学歴に関しては、ほとんど意味を持たない状況です。

 

 また、(1)のタイプに関しては日本で大卒以上の学歴を獲得することが賃金プレミアムにつながっています(102p)。日本語能力に関しては、やはり高いほど賃金も上がります。

 ただし、(1)のタイプでも勤続年数の伸びとともに賃金が上がる傾向はあまり見られず、日本国籍者の年功賃金とは違う給与体系で雇われている可能性があります。同じ会社での勤続年数でも日本国籍者よりも7年ほど短いです(104p)。

 

 第4章は家族について。移民にとって、移民先での大きな転換点として家族の形成があげられます。それは家族の呼び寄せかもしれませんし、移住国での婚姻や出産かもしれません。

 例えば、ミルトン・ゴードンはアメリカにおける移民の同化の過程として、婚姻的同化、すなわちエスニシティを乗り越えた婚姻を同化の完成と見ています。

 

 本書における調査では、まず、男性は外国籍どうしで婚姻することが多く、一方、女性は日本国籍の男性と国際結婚するケースが多いです。

 地域別に見ると、他の条件が同じであれば、中南米は国際結婚の割合はおよそ1割ですが、南アジアで15%、韓国と中国でほぼ2割、フィリピンや東南アジアでは約3割、欧米その他では4割以上が日本国籍者との婚姻しています(122p)。

 

 経済的に見ると、日本人男性と結婚した女性はより多くの世帯所得を獲得しています。一方、日本人女性と結婚した外国籍男性にそのような傾向は見られませんが、日本人女子と結婚した移民男性のほうが失業しにくいとの研究もあります(134p)。

 生活満足度に関しては、国際結婚を中心に日本での家族形成が生活満足度を高めていることがうかがわれます(130p表4-6参照)。また、社会的承認感も高めています(133p表4-7参照)。

 

 第5章は社会参加について。ボランティア活動や自治会・町内会活動への参加の度合いを通じて、移民の社会統合について探っています。

 本章では、自治会・町内会活動、ボランティア活動、同国人団体の活動の3つを分析しています。自治会・町内会活動に関してはやはり日本国籍者よりも低く、ボランティア活動への参加割合も低いですが、日本国籍者の参加ももともと低調なのでこちらは僅かな差にとどまっています(149p図5-1参照)。

 なお、同国人団体の活動に参加していると、その他の活動に参加しにくくなるのではないかという予想もありますが、これはそうとは言えずに、同国人団体の活動に参加している者はその他の活動にも参加しやすくなる傾向もうかがえます(150p)。

 

 ボランティア活動に関しては学歴や年収が高いほど参加する傾向が高く、自治会・町内会活動については有配偶、さらに子どもがいると参加する傾向が高くなります。持ち家だと双方の活動に参加する傾向が高くなります。一方、同国人団体の活動に関しては、日本人の配偶者がいると参加する傾向が低くなります(154p図5-3参照)。

 日本国籍者の間では、いまだに自治会・町内会活動への参加が社会的活動の中心ですが、移民は日本人の配偶者や子どもがいないと、なかなかそこに入っていけない/いかないという状況もうかがえます。

 

 第6章はメンタルヘルスをとり上げています。移民は環境の変化や貧困、あるいは差別などからメンタルヘルスに影響を受けると考えられますが、それを「いらいらする」、「絶望的な感じになる」「自分が何の価値もない人間のような気持ちになる」といった質問への回答から探ろうというのです。 

 

 まず、メンタルヘルスの状態が悪い人の割合は、日本人の19.0%に比べて、中国籍28.7%、韓国・朝鮮籍32.5%、フィリピン籍30.6%、ブラジル・ペルー籍25.1%、欧米籍30.2%と、全体的に高いです(175p表6−1参照)。

 また、学生と失業している場合のメンタルヘルスの状態が悪く、貧困状態でも悪くなります(176p図6−4参照)。配偶者なし、頼りになる同国人なし、頼りになる日本人なしでもメンタルヘルスの状態は悪く(176p図6−5参照)、やはり社会的なつながりが1つのポイントであることがうかがえます。 

 さらに本章では韓国・朝鮮籍者は差別を経験する割合が高く、それがメンタルヘルスの状態を悪化させているという分析も示されています(177−178p)。

 考察では、学生のメンタルヘルスの悪さの理由として、彼らが置かれてる状況(学費を稼ぐためにバイトをせねばならず学業との両立が困難)があげられており、今後の課題とされています。

 

 第7章は帰属意識がとり上げられています。多文化主義に関して、移民が自らの文化を保持することによって、移民先の国への帰属意識が弱まるという主張がありますが、それを日本における計量分析で確かめてみようというのです。

 本章では、日本に対してどのくらい愛着があるかということを尋ねた質問をもとに、移民1世に焦点を当てて分析しています。

 

 まず、日本人の日本への帰属意識は非常に高く、「とても愛着がある」約62%、「まあ愛着がある」約36%で合計98%が愛着を持っています(191p図7−1参照)。

 一方、移民は日本に対し「とても愛着がある」約29%、「まあ愛着がある」約52%、自身のエスニック集団に対しては「とても愛着がある」約40%、「まあ愛着がある」約41%で、合計の数字としてはそれほど違いがありません。

 

 帰属意識の要因ですが、エスニック集団への帰属意識が強い人ほど日本に対する帰属意識も強い傾向があります。つまり、帰属意識というのは排他的なものではないのです。

 経済的な要因は意外と効いておらず、収入が低いと帰属意識も低くなるという関係は見られませんでした。また、「日本で出身国の文化を持ち続けて生活するのは難しい」と感じている人ほど日本への帰属意識が低くなります。日本人の友人数は帰属意識を高め、被差別経験は帰属意識を低める傾向があります(199p表7−3参照)。

 以上のことから、同化の圧力を強めることが日本への帰属意識を低下させる可能性が見えてきます。

 

 第8章は永住意図、つまりどんな人が日本に永住するのかということを分析しています。

 日本での経済的状況、日本でのネットワーク、日本語能力などが関わってきそうですが、それを計量分析で確かめようというわけです。

 

 まず、留学をのぞくと多くの移民が永住を予定しており、日本政府としては永住者とは考えていないだろう、仕事に関わる残留資格でも50%が永住を予定しています(219p図8−1参照)。

 また、滞在年数とともに永住予定が増える傾向にあります(ただし、20年を超えると伸びなくなる(220p図8−3参照)。

 日本人とのネットワークや地域参加は永住を予定する確率を高め、出身国の配偶者や親族とのつながり、日本でのネガティブな経験、同国人団体への参加は帰国予定の確率を高めます(222p表8−2参照)。

 意外なのは、持ち家が永住予定の確率を高めないことですが、これは中国籍に持ち家+滞在予定が未定という者が多いことが影響していると考えられます。中国系の移民は政治的リスクを避けるために他国に家を所有する傾向があるのです(225p)。

 

 終章では、本書の内容をもとめつつ、日本における移民の統合に対する障壁について整理していますが、日本の職場では非正規から入るとなかなか正規になれない、日本では自治会・町内会以外の社会活動が不活発という、日本社会のあり方そのものが移民の統合を難していることが見えてきます。

 また、日本語の上達がさまざまな面で統合の鍵となるのですが、ブラジル・ペルー籍、フィリピン籍では滞日年数が延びても十分に日本語の能力が上がっていないという状況があります(243p図終−2参照)。

 ただし、自治会・町内会の参加に日本語能力は影響しておらず、やはり地域社会というものが移民の統合の1つのポイントになるのかもしれません。

 

 また、補論では外国籍の人に大規模な調査を行うことの難しさと、今回の調査でのミスについても率直に書かれています。

 日本の移民統合を考える上で、数多くの重要な知見を教えてくれる内容になっています。