『リリィ・シュシュのすべて』の「痛さ」

 岩井俊二の「リリィ・シュシュのすべて」を観てきました。観る前からかなり期待していた映画でしたが、期待に違わずの内容でした。


 この映画は、いわゆる最近のさまざまな少年犯罪を受けてつくられた作品で、映画のなかでバスジャック事件のことがニュースとしてでてきますし、いじめや援交のシーンもあります。しかし、当然ながらこの映画は、センセーショナルさを売り物にするような映画ではありません。


 少年犯罪をあつかった映画というと青山真治の「ユリイカ」があります。「ユリイカ」もかなりレベルの高い映画で、非常に力強いメッセージのある映画でしたが、この「リリィ・シュシュ」はそのようなメッセージのある映画ではありません。全般的な印象としては「痛い」という感じがぴったりとくるような映画です。


 「ユリイカ」では、バスジャック事件に乗り合わせたことをきっかけに、何かが壊れてしまった兄妹を、役所広司演じるバスの運転手が何とかこの世界につなぎ止めようとする様子が描かれます。その中で、何かが壊れてしまった少年たちに対する大人側の「倫理」のようなものが示され、それが観客に強い印象を与えるメッセージになっています。


 一方、「リリィ・シュシュ」では、主人公の蓮見(この漢字でいいのかな?)は何かが壊れてしまった少年・星野と同じ中学生であり、暴走する友人星野を止めることはできず、星野の使い走りのようになっています。蓮見の救いは歌手のリリィ・シュシュのみであり、まったく無力な状態です。 


 先ほど、全体の印象として「痛い」と言ったのは、まずこの無力な状態というのがあります。主人公をはじめ、援交を強要される少女、いじめられる元不良など、きわめて少年的な残酷な世界で傷つけられていく様子が、非常に「痛い」です。


 また、この「痛さ」を増幅させるのは岩井俊二のとる普通の中学生活の様子です。岩井俊二は子どもを撮るのが非常にうまいですが、この映画でも中学生の生活を抜群のうまさとおもしろさで見せます。そして、この普通の生活と何かが壊れてしまった世界の「近さ」というのが、観る側に大きな「痛さ」と言うものを感じさせるのです。


 アホらしく平和な中学生的世界が、ほんの少しのことで現代の病理を凝縮したような地獄絵図になってしまう。この「近さ」というのが、現在の社会の鋭い描写になっているです。


 ですから、「ユリイカ」が規範的なメッセージを持った映画だとすると、「リリィ・シュシュ」にあるのは、描写だけです。しかし、そこには規範的なメッセージに負けない強い印象があります。


 ただ、弱い点としては、タイトルにもなっている歌手のリリィ・シュシュの音楽のインパクトが、同じ岩井俊二の『スワロウ・テイル』のCHARAに比べるとどうしても弱い所です。(この「リリィ・シュシュは一瞬UAかと思ったけど、新人の人なのかな?)
 あと、手持ちのビデオカメラの撮影などもあり、画面がけっこう揺れるので、後ろのほうの席で観たほうがいいかもしれません。少し酔います。


リリイ・シュシュのすべて [Blu-ray]
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