『日本のいちばん長い日』

 岡本喜八監督のものは以前、テレビでだいたい見たという程度だったので厳密なヒックは出来ませんが、今回の原田眞人監督のものは岡本喜八版とはまた違った形で見応えのある作品に仕上げてきたなと感じました。
 岡本喜八のものは8月14日から15日いんかけての24時間を、ドキュメンタリー的なタッチでスピーディーに描いていましたが、今度の作品は鈴木貫太郎内閣の組閣(1945年4月)から始まっており、「日本のいちばん長い日」というタイトルからは少し逸脱するような形の構成になっています。
 

 では、このタイトルから逸脱してでもこの映画で描かれているものはないかとういうと陸相阿南惟幾と首相・鈴木貫太郎という二人の人間ドラマということになるでしょう。
 阿南を役所広司、鈴木を山崎努が演じ、それぞれが首相、陸相になる経緯やその家族との交流などが描かれ、侍従長と侍従武官として同じ時期に昭和天皇に仕えた鈴木と阿南、そして昭和天皇を交えた信頼関係が「聖断」を導いていく過程が描かれています。
 ポツダム宣言受諾をめぐる阿南陸相の抵抗については、陸軍の暴発を抑えるための演技だったという説と、あくまでも本土決戦にこだわっていたという2つの説があって、なかなか難しいのですが、この映画では役所広司の好演もあってその阿南の動きを上手く描かていると思います。


 一方、8月14日以前の描写に時間を割いたことで、青年将校たちによるクーデター計画と、玉音放送のレコード盤をめぐる攻防の緊迫感などは薄れたかもしれません。
 今回の映画では、前半で本土決戦のための武器や竹槍訓練の様子などの描写があり、戦争継続自体がアホらしい考えであることが示されています。そうした描写もあって、戦争継続を訴える青年将校たちは少し突き放された感じに描かれています。クーデターを起こそうとする中心人物である畑中健二を演じた松坂桃李は良かったですが、彼に感情移入をさせるような映画にはなっていません。
 ただ、これは悪い点ではなく、むしろ良い点と言ってもいいでしょう。


 というわけで、全体として見応えのあるドラマに仕上がっていたと思います。その上で気になった点を2つほど。
 1つ目は昭和天皇を演じた本木雅弘の演技。ソクーロフ『太陽』のイッセー尾形のように完全に昭和天皇の独特の仕草の真似をするのか、それともそういた真似から離れた演技をするのか、ややどっちつかずのところがあったと思います。
 2つ目は、別に今回の映画というよりは原作に対するものになりますが、陸軍側の「聖断」へのキーパーソンは阿南じゃなくて参謀総長梅津美治郎じゃないかということ。
 6月に梅津が関東軍の実情を昭和天皇に正直に報告したことが昭和天皇が「降伏やむなし」と考えるに至った大きなきっかけとなっていますし、クーデター計画についても強く反対をしています。
 梅津には8月15日に自決した阿南のようなドラマ性はないですし(東京裁判にかけられて終身禁固、服役中に病死)、映画の主役にするには厳しい人物かもしれませんが、いろいろな記録を読む限り昭和天皇が最も信頼していた陸軍軍人の一人であると思いますし、戦艦ミズーリ号での降伏文書調印式に出席したのも梅津です。
 梅津に焦点を当てたドラマというのも見てみたいですね。


日本のいちばん長い日 [東宝DVD名作セレクション]
B00T9N5J6E