ジーン・ウルフ『書架の探偵』

 『ケルベロス第五の首』、『デス博士の島その他の物語』、『ピース』など、毎度のように隙のない小説世界を構築してみせるジーン・ウルフですが、今作はジーン・ウルフが84歳の時に発表した作品ということもあり、ジーン・ウルフらしい遊び心に満ちつつも、ちょっと「バカミス」っぽいところもあります。
 とりあえずAmazonのページにある紹介文が以下の通り。

図書館の書架に住まうE・A・スミスは、推理作家E・A・スミスの複生体(リクローン)である。生前のスミスの脳をスキャンし、作家の記憶や感情を備えた、図書館に収蔵されている蔵者なのだ。そのスミスのもとを、コレット・コールドブルックと名乗る令嬢が訪れる。父に続いて兄を亡くした彼女は、死の直前、兄にスミスの著作『火星殺人事件』を手渡されたことから、この本が兄の死の鍵を握っていると考え、スミスを借りだしたのだった。本に込められた謎とは? スミスは推理作家としての知識と記憶を頼りに、事件の調査を始めるが……。


 この小説の最大のアイディアはこの図書館から借り出されるリクローンというもの。未来の図書館には本だけでなく、ある時期にスキャンされた著者自身が「蔵者」として収蔵されており、必要に応じて閲覧されたり借り出されたりしているのです。
 彼らはクローンなので基本的には人間と同じように生活できるわけですが、あくまでも図書館の所有物であり、人間なのか、「もの」なのかよくわからない存在です。
 また、彼らがスキャンされたのは過去なので、この小説の舞台となる時代(設定は近未来で世界の総人口は10億人程度まで減少している時代)についてはよく知らないこともあります。
 この奇妙な設定とその使い方はさすがに面白いです。


 一方、本筋の『火星殺人事件』をめぐる謎というのは、「はぁ?」という展開を見せます。「いつのB級映画だ…」というようなネタがあるのです。
 ただ、主人公のE・A・スミスという名前は、《レンズマン》シリーズや《スカイラーク》シリーズで知られているE・E・スミスからとられているようで、僕にはわかりませんでしたが何かのパロディなのかもしれません。
 ラストのヒロインを回る描写などは、レイモンド・チャンドラーなどのハードボイルド小説を思い起こさせるもので、おそらくさまざまな小説のパロディ的な要素が詰め込まれているのでしょう。


 ミステリーとしてはともかくとして、この小説の世界自体は非常に面白いですし、ジーン・ウルフの他の作品、例えば『ピース』なんかに比べると、はるかに読みやすいと思うので、そんなに構えずに読めると思います。
 ただ、これを最初に読んで、「変な作家ですね」という印象を持ってしまうのも問題だと思うので、やはりジーン・ウルフ未読の人は圧倒的な完成度を誇る『ケルベロス第五の首』あたりからチャレンジして欲しいですね。


書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ジーン ウルフ 青井 秋
4153350338


ケルベロス第五の首 (未来の文学)
ジーン・ウルフ 柳下 毅一郎
4336045666