ウィリアム・トレヴァー『ラスト・ストーリーズ』

 2016年に亡くなったアイルランド生まれの短篇の名手ウィリアム・トレヴァーの最後の短篇集。

 短篇というと、よく「何を書かないかが重要だ」といったことが言われますが、トレヴァーの短編は、まさにそれ。ただ、お手本というには本当にびっくりするほど「書かない」作風であり、常人が真似できるものではないですね。

 この本でも、長い人生を20ページほどに閉じ込めた作品がいくつかあるのですが、無駄を削ぎ落とすレベルを超えて、「重要なことは書かない」という確固たるスタイルを感じさせる作品群ですね(「重要なことは描かない」という点で一時期の北野武の映画と少し通じることがあるかもしれません)。

 収録作品は以下の10篇

ピアノ教師の生徒
足の不自由な男
カフェ・ダライアで
ミスター・レーヴンズウッドを丸め込もうとする話
ミセス・クラスソープ
身元不明の娘
世間話
ジョットの天使たち
冬の牧歌
女たち

 

 どれも面白いですが、特に長い人生を凝縮した作品としては「カフェ・ダライアで」、「冬の牧歌」、「女たち」が面白いですかね。

 「カフェ・ダライアで」は、かつてはダンサーで今は出版社の原稿審査の仕事をしているアニタが、いつも仕事で使っているカフェ・ダライアでかつてのダンサー仲間でもあったクレアと再開します。

 実はアニタとクレアで親友でありながら一人の男を取り合った仲であり、その男ジャーヴァスが死んだというのです。ここから二人の過去を織り交ぜながら話は展開していきますが、この展開のさせ方がなんとも絶妙。人間が自分の過去につける折り合いと、その繊細さとしぶとさのようなものが描かれます。

 

 「冬の牧歌」はおそらく本書の中でも一番幅広く受け入れられるのではないかという作品。

 荒野の中にたたずむ裕福な農家の一人娘のメアリーと家庭教師としてやってきたアンソニーのひと夏の恋。それから10年以上経って結婚したアンソニーがふと思い立って屋敷を訪ねたことからドラマが始まり、そこからさまざまな物が壊れ始めます。そんな中で最後に残るものは? という話です。

 

 「女たち」は、母を亡くして父と二人で暮らすセシリアが寄宿学校で、ミス・コーテルとミス・キープルという奇妙な二人組の女性を出会う話。しっかりとした結末があると言えばあるのですが、「本当にこれでいいのかな?」と読み終えた後に少し不安になる作品ですね。

 

 トレヴァーを初めて読む人にとっては、あまりに省略されすぎている作品が多いと思うので、『聖母の贈り物』か『ふたつの人生』あたりをおすすめしたいところですが、トレヴァー好きにとっては濃縮されたトレヴァーが楽しめる作品ですね。

 

 

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