『魔法』、『奇術師』、『双生児』などの作品で知られるイギリスのSF作家クリストファー・プリーストの新作。
第一部のタイトルは「グレート・ブリテン・イスラム共和国(IRGB)」。フリーカメラマンのティボー・タラントが、トルコのアナトリアでテロによっての妻メラニーを失ってイギリスに帰国するところから話が始まります。
地球温暖化で嵐の頻発するヨーロッパに、スカーフを被る女性。設定からするとミッシェル・ウエルベックの『服従』みたいな近未来を予想するような小説なのか? と一瞬思いますが、プリーストでそれはないですね。
ロンドンで行われた謎の兵器による攻撃、タラントに近づく謎の女性、そうしたさまざまな要素を置いた上で、第二部では第一次世界大戦を舞台に奇術師のトミー・トレントが軍から謎の任務を頼まれ、フランスの前線へと向かうところから物語が始まります。トレントは旅の途中でH・G・ウェルズに出会い親交を深めたりもしますが、第一部との関係は見えてきません。
第三部は再びティボー・タラントの話。そして第四部のノーベル物理学賞を受賞したリートフェルト教授の話を挟んで、第五部では第二次世界大戦時の整備兵マイク・トーランスが主人公となります。彼はランカスター爆撃機の整備を行っているのですが、あるとき、そのコックピット内で財布を見つけ、それがきっかけでポーランド人の女性パイロットのクリスティナ・ロジェスカと出会います。
第二部が第一次世界大戦かと思ったら、今度は第二次世界大戦。この第五部を読み終わった時点で二段組350ページを読んでいるのですが(全体で587ページ)、ここまで読んできてもこの小説の「仕掛け」が見えてきません。
第四部のリートフェルト教授の研究の話でこの小説の「種」はわかるのですが、このような各エピソードを配置してくる著者の狙いというものがわからないのです。
この狙いがグッと見えてくるのが第六部のラストと第七部。第七部ではプリーストの小説(『限りなき夏』)でお馴染みの夢幻群島(ドリーム・アーキペラゴ)が登場し、著者の狙いが見えてきます。
『魔法』や『双生児』のような鮮やかなトリックはなく、小説全体を貫く緩やかなつながりが見えてくる感じですね。
というわけで、何か驚くべき展開があるとか、ものすごいSF的な仕掛けがあるとか、そういう面はないです。ただ、それでも面白く読めるのは個々のエピソードが小説としてよく出来ているからでしょう。
第五部などは、それだけを取り出しても中編小説として成り立つと思うのですが、それがより広い世界に埋め込まれることによって、さらに興味を引くものとなっています。
今回は「騙り」的な部分はあまりないのですが、奇術師、第二次大戦とパイロット、テロの犠牲者など、今までのプリースト作品の要素を集めたような話であり、プリーストの「語り」を堪能できる作品です。
隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
クリストファー プリースト 引地 渉