ケン・リュウ『生まれ変わり』

 『紙の動物園』、『母の記憶に』につづくケン・リュウの日本オリジナル短編集第3弾。相変わらず、バラエティに富んだ内容でアイディアといい、それをストーリーに落としこむ技術といい、さすがだなと思いつつも、『紙の動物園』の「文字占い師』や、『母の記憶に』の「草を結びて環を銜えん」や「訴訟師と猿の王」ほどのインパクトの有る作品はないなと思って最後まで来たら、最後に「ビザンチン・エンパシー」というすごい作品が控えていたではないですか!

 

 「ビザンチン・エンパシー」はタン・ジェンウェンとソフィア・エリスという2人の女性が主人公です。2人は大学時代のルームメイトで、ともに正義感があり、チャリティーに対する関心もありましたが、2人のアプローチは対照的です。

 ソフィアが重視するのは理性であり、その理性にもとづいた秩序だったチャリティーです。彼女は国務省からNGOの「国境なき難民救済事務局」の事務局長に転じ、いずれはアメリカ政府の中枢で手腕を発揮したいと考えているような人物です。

 一方、ジェンウェンが重視するのは共感であり、四川大地震のときにボランティア活動のために帰国した時に、チャリティーと共感の力に目覚めました。

 このチャリティー(慈善)において重視されるべきは共感なのか? 理性なのか? という古典的なテーマがこの小説の主題です(「物乞いの子どもにお金をやるのは正しいか?」というあたりはよく議論になるテーマですね)。

 

 この古典的なテーマを、オフィスで働くソフィアと現場で働くジェンウェンとしてしまえば凡庸なドラマになるのでしょうが、そこに最新のテクノロジーを重ねてくるのがケン・リュウならではのところ。

 ジェンウェンはブロックチェーンVR(仮想現実)というテクノロジーによって共感を力に変え、政治によって選別されてしまう虐げられた人々を救おうとします。

 ブロックチェーンと聞いたところで、タイトルの「ビザンチン・エンパシー」の「ビザンチン」が「ビザンチン将軍問題からきているのでは?」と思った人もいるかもしれませんが、正解です。

 ジェンウェンはブロックチェーンを利用することによって中央集権化されない改変もされない投票のフレームワークを作り出し、共感をもとにした投票によって支援するプロジェクトを決めて暗号通貨で資金を送る「エンパシアム」という仕組みをつくり上げるのです。

 

 この「エンパシアム」が小口の資金を大きく集めはじめ、「国境なき難民救済事務局」の活動にも影響を与え始めるというところから話は始まりますが、共感の危険性と理性の偽善性がテクノロジーの紹介と絡まり合いながら明らかにされていきます。小説としてはやや思弁的すぎる面もありますが、この展開は読ませます。

 また、ジェンウェンが四川大地震に対するアメリカのキャンパス内での寄付の低調さからアメリカのチャリティーに疑問を抱くようになる展開や、ミャンマーの漢族系の少数民族の難民が問題としてクローズアップされる点なども現代の社会とリンクしていて面白いです。

 

 そして、この「テクノロジー+共感」というあり方が将来の中国社会の一端を示しているように思える点も興味深いです。もちろん、現実の中国ではこれを政府がどの程度コントロールしていくのかという問題がありますが、「テクノロジー+共感」の組み合わせは、欧米流の社会とはまた違った社会を作り上げ、そして他の世界へと影響を与えていく可能性があると思うのです。

 特に欧米ほど「近代」が根付いているとはいえない日本ではその影響も大きいかもしれません。

 というわけで、チャリティーにおける理性と共感という倫理学的なテーマに興味がある人以外にも、将来の中国社会や日本社会について考えたい人にとっても材料を提供するような小説です。

 SF作家としては、グレッグ・イーガンテッド・チャンが上かもしれもしれませんが、社会に対する批評性という点ではケン・リュウは突出しているのではないかとも思います。

 

 「ビザンチン・エンパシー」について熱く語ってしまいましたが、表題作の「生まれ変わり」も変わった設定で人間の更生について考えさせる読み応えのある作品ですし、「カルタゴの薔薇」や絵文字が使われる「神々は〜」シリーズの三部作にみられるネットワーク上にアップロードされた知能の話(「カルタゴの薔薇」はちょっと違いますが)も面白いです。

 他にも遠い宇宙の話とアメリカに渡った20世紀後半の中国移民の話と20世紀初頭の香港人の話が重なる「ゴーストデイズ」、中国の唐末を舞台に暗殺者の少女を描いた「隠娘」も面白いです。