『ノマドランド』

 一時期、日本でも「ノマドワーカー」というオフィスなどではなくカフェなどで移動しながら仕事をするスタイルが局所的に持ち上げられましたが(安藤美冬さんとか何をしているんだろう?)、この映画に出てくる「ノマド」は全く違うものです。

 この映画に出てくる「ノマド」はアメリカでキャンピングカーなどの車中で暮らす人々のことであり、その多くは老人でありながら、季節労働者のように各地で仕事をしながら暮らしています。

 

 映画は、フランシス・マクドーマンド演じる主人公のファーンがネバダにある企業城下町での事業所の閉鎖によって住む所を失う場面から始まります。

 車に簡単な家財道具を詰め込んだファーンは、そういった車が夜を過ごせる場所に車を止めてAmazonで働きだします。

 ここまでは現代アメリカ社会の格差や分断を告発する映画のように思えるのですが、この映画はそういった形には展開しません。もちろん、主人公の職場、Amazon、公園の清掃、レストラン、じゃがいも(?)の収穫作業などは低賃金労働であり、登場人物が年金の少なさを嘆くシーンもあります。

 いわゆる「虐げられた人びと」を描いた映画と言えるのかもしれません。

 

 ただし、主人公のファーンもそうなのですが、この映画で描かれるノマドの人びとは自ら望んで移動を続けています。もちろん、何かの問題があって車上生活に入ったのかもしれませんが、そこにある種の「自由」を感じているのも確かなのです。

 
 そして、何と言っても本作の特徴はフランシス・マクドーマンド以外は1人を除いて実際のノマドが自身の役を演じているということです。エンドロールで気が付きましたけど、これがこの映画の雰囲気を大きく決定していたのでしょう。

 客観的には惨めな境遇かもしれないけれども、けっしてみじめな雰囲気ではないですし、だからといって前向きというわけでもありません。彼らにはそれぞれ車中で暮らす理由があり、その厳しさも受け入れているからです。

 

 そんなノマドととの交流とともに本作ではアメリカのダイナミックな自然が描かれます。アメリカのロードムービーというと、「どこまでも広がるトウモロコシ畑を行く」みたいなシーンが思い浮かびますが、この映画が映し出すのはもっと荒々しい自然です。

 そういった部分も含めてアメリカの基底のようなものを描いた映画と言えるかもしれません。

 

 でも、この映画の監督は中国生まれのクロエ・ジャオなんですよね。さらにネットで調べてまだ30代(1982年生まれ)と知ってびっくりしました。

 深い余韻を残すいい映画だったと思います。