上林陽治『非正規公務員のリアル』

 ある制度が良いのか悪いのかというのはなかなか難しく、簡単には判断を下せないケースが多いのです。例えば、選挙制度小選挙区制がいいのか比例代表制がいいのか、日本型の雇用制度が良いのか悪いのか、といったことは一概には判断を下せないと思っています。

 そんな中でも、個人的に明確に「悪い制度だ」と考えているのが、外国人の技能実習制度と、本書のテーマである非正規公務員の問題を含む地方公務員の人事をめぐる制度で、特に後者は新卒に重い価値を日本の就職市場のあり方や、男女の格差の問題の解決にもつながっていく非常に重要な問題だと思っています。

 

 本書は、そんな非正規公務員の問題を扱った本であり、2012年に出版された同じ著者による『非正規公務員』の問題意識を受け継ぐ本です(未読ですが2015年に『非正規公務員の現在』という本が出版されている)。

 非正規公務員の低待遇と不安定な身分を告発するとともに、この問題を改善するために2020年4月から導入された会計年度任用職員制度がまったく改善の役に立ってない、場合によっては状況を悪化させているということを訴えています。

 やや難しい部分もありますが、矛盾にまみれた地方公務員のあり方が痛いほどわかる内容です。

 

 目次は以下の通り。

 

第一部 非正規公務員のリアル
第1章 ハローワークで求職するハローワーク職員――笑えないブラックジョークに支配される現場
第2章 基幹化する非正規図書館員
第3章 就学援助を受けて教壇に立つ臨時教員――教室を覆う格差と貧困
第4章 死んでからも非正規という災害補償上の差別
第5章 エッセンシャルワーカーとしての非正規公務員――コロナ禍がさらす「市民を見殺しにする国家」の実像

第二部 自治体相談支援業務と非正規公務員
第6章 自治体相談支援業務と専門職の非正規公務員
第7章 非正規化する児童虐待相談対応――ジェネラリスト型人事の弊害
第8章 生活保護行政の非正規化がもたらすリスク
第9章 相談支援業務の専門職性に関するアナザーストーリー

第三部 欺瞞の地公法自治法改正、失望と落胆の会計年度任用職員制度
第10章 進展する官製ワーキングプア――とまらない非正規化、拡大する格差
第11章 隠蔽された絶望的格差――総務省「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会」報告
第12章 欺瞞の地方公務員法地方自治法改正
第13章 不安定雇用者による公共サービス提供の適法化
第14章 失望と落胆の会計年度任用職員制度

第四部 女性非正規公務員が置かれた状況
第15章 女性活躍推進法と女性非正規公務員が置かれた状況
第16章 女性を正規公務員で雇わない国家の末路

 

 この非正規公務員の問題が一番わかりやすく現れているのは、第2章でとり上げられている図書館員ではないかと思います。

 1987年度、図書館員の82%は専任職員でしたが、2018年度には26%にまで低下しています(37p)。さらに現在では指定管理者制度という民間企業に運営を任せるスタイルも増えていますが、ここでも中心になっているのは非正規労働者です。

 

  しかも、少数の専任職員が高度で専門的な職務を担い、非正規労働者が簡単で周辺的な業務を行っているというわけではなく、司書資格の有無で見ても、2018年のデータで専任職員で48%、非常勤職員で49%、指定管理者職員58%と(41p)、非正規のほうが図書館業務に必要な資格を持っている状況も生まれています。

 さらに次のような事情さえあるといいます。

 

 一定の数少ない専門職・資格職を除き、日本の公務員の人事制度において、正規公務員とは職務無限定のジェネラリストで、職業人生の中で何回も異動を繰り返し、さまざまな職務をこなすことを前提とされている。ところがどの組織にも、さまざまな事情で異動に耐えられない職員、最低限の職務を「当たり前」にこなせない職員が一定割合おり、しかも堅牢な身分保障の公務員人事制度では安易な取り扱いは慎まねばならず、したがってこのような職員の「待避所」を常備しておく必要がある。多くの自治体では、図書館はこれらの職員の「待避所」に位置づけられ、そして「待避所」に入った職員は、そこから異動しない。(36p)

 

 本章の冒頭では、正規職員を減らして非正規を増やしたら図書館の業務が上手く回るようになったケースが紹介されていますが、まさに今や図書館では非正規こそが基幹職員となっているのです。

 しかし、基本的に資格を持ち基幹化した非正規の職員にそれに応じた給与が払われることはありません。各地の図書館は非正規職員の「やりがい」に頼って運営されている状況なのです。

 

 この待遇の差は、例えば教員の世界でも顕著で、本書の第3章でとり上げられている九州地方の女性の臨時教員は、教歴10年以上でクラス担任を受け持ち、職員会議にも出席し、家庭訪問なども行うなど、仕事は正規の教員と同じですが、手取り19万強、年収で約250万円ほどしかもらっていません。これが正規の教員であれば、本給は約40万円には達しているでしょう。

 この背景には地方自治体による人件費抑制の政策があるのですが、近年では臨時教員や非常勤講師のなり手が足りずに、年度が始まっても担任が決まらないようなケースも出てきています。

 

 この非正規公務員の増加の1つの背景となっているのが、2000年以降、自治体に相談窓口の設置を求める法令が次々につくられていることです。

 例えば、「DV防止法」や「改正児童福祉法」、「障害者自立支援法」、「生活困窮者自立支援法」など、さまざまな法律が自治体に相談窓口を設置することを求めています。そして、上記の法律を見ればわかるように、いずれの法律も国民の命や生活を守るための非常に重要な法律なのです(「改正児童福祉法」は児童虐待を扱っている)。

 

 では、その相談業務を誰が担っているかというと、ここでもやはり非正規公務員になります。

 例えば、婦人相談員は、「対人援助を担う専門職」とされていますが、任期1年の非正規職が大半で、2017年4月時点で常勤20%に対して非常勤80%です(107p図表6−2参照)。

 本書では筑後市の人事担当係長の話が紹介されていますが、「相談業務は専門領域に関わる事項が多く、このため当該業務に携わる者は、長期の臨床経験と専門性ならびにそれを裏打ちするための資格職としての性格が備わる」としながら、だからこそ「異動を前提とする人事制度とは相容れないものとなり、畢竟、異動することのない非正規職とならざるをえず」(109−111p)という論理を展開しています。

 専門的な知識や資格が必要だからこそ待遇が低いという倒錯的な状況が出現しているのです(ただし、筑後市では汎用性の高い社会福祉士に関しては正規での採用を行ったとのこと)。

 

 児童虐待などを扱う児童相談窓口でも、業務経験の長い者ほど任期1年以内の非正規公務員という状況が生まれています。

 児童相談所に配置される児童福祉司は、国家資格ではなく児童福祉法であげられている条件を満たした正規公務員の中から配置される任用資格なのですが、そのためになり手不足に直面しています。

 児童相談所の業務は増えており、人員も増加しているのですが、児童相談所生活保護担当と並んで職員が異動したがらない職場であり、ある市では若手職員に3年で異動させると約束して職員を確保させているといいます(128p)。当然ながら、経験年数の浅い職員が増加することとなります。

 

 現在では、ある相談から住民の抱えるさまざまな問題が明らかになることも珍しくはありません。例えば、税金や社会保険料滞納の裏には多重債務などの問題があるかもしれませんし、精神的な疾患などの問題があるかもしれません。

 しかし、相談業務が非正規公務員によって担われるようになれば、ある相談を他の担当につなぐことは難しいでしょう。

 

 生活保護行政においても相談業務の中心は非正規公務員によって担われています。2016年の段階で57%が非正規です(144p図表8−2)。

 この背景には、生活保護のニーズの増加にケースワーカーの増員が追いつかないこと、生活保護の審査・決定や保護の停止・廃止につながる訪問審査は公権力の行使につながるために正規が担わざるを得ないという仕組みがあります。

 結果として、公権力の行使にはあたらないとされる相談業務を非正規に任せることで業務を回しているのです。しかし、これは同時に相談者からさまざまな状況を聞き出し、そのニーズもわかっている人物が支援メニューの決定にアクセスできないということでもあります。

 

 このようにさまざまな矛盾をはらんでいる非正規公務員の問題ですが、さらに労災が認定されないと言った問題があります。公務員は労災法適用の例外となっており、代わりに地方公務員には地方公務員災害補償法が適用されるのですが、これは1年以内で雇い止めされる非正規公務員には適用されず、制度の落とし穴となっています(実際の制度はさらに複雑なのですが、詳しくは本書の第4昌をご覧ください)。

 

 この公務員における正規と非正規の格差を是正するために、非正規公務員の採用根拠を明確にし、期末手当を支払えるようにする地方公務員法地方自治法の改正が2017年に成立しました。そして、2020年4月からは新たに会計年度任用職員制度がスタートしています。

 2016年の時点で、長崎県佐々町の66.0%を筆頭に非正規率が50%を超える市町村は珍しくありません(182p図表10−2参照)。非正規公務員の処遇の安定はまさに喫緊の課題と言えます。

 

 実際、司法の場でも、任期1年の雇用でも長年勤務していれば雇用継続の期待権が生まれると判断した2007年の中野区非常勤保育士再任拒否事件の交際判決、週勤務時間が常勤職員の約半分の非常勤職員であっても常勤職員と同じ仕事をしていれば一時金等の支給は違法ではないとした2008年の東村山市事件など、非正規公務員の権利を認めるような判決も出ています。

 

 こうした動きを受けて、2017年1月に出された地方公務員法改正原案では、非正規公務員の処遇に関して踏み込んだ表現がなされていましたが、3月に閣議決定された地方公務員法改正法案では、勤務時間の短い職員については待遇を常勤に合わせなくても良いということになり、勤務時間の長短を要件として、今までのような低待遇が可能となりました。

 結局は非正規公務員にも期末手当を支給するということ以外、非正規公務員の待遇を大きく改善するような改正はなされなかったのです。

 非正規公務員に関しては、パート・有期雇用労働法が非適用であるため、地方自治体には正規との不合理な待遇の差を解消する義務はなく、民間よりも遅れた状況が放置されています。

 

 今回の改正で「会計年度任用職員」という仕組みが導入されています。これは今までまちまちだった非正規公務員の呼び名を統一し、フルタイム型とパートタイム型に分けたものになります。

 任用期間は最長1年で、守秘義務や職務専念義務が課される一方で、条件付き期間を除き身分保障があり、不合理な理由で免職や懲戒処分を受けないというものになっています。

 

 しかし、フルタイムとパートタイムで待遇の差をつけていいことになっており、パートになれば支給すべき手当は期末手当に限定され、労働災害保険や地方公務員災害補償基金への負担金も不要になるため、各地で進んだのは今までフルタイムだった非正規公務員をパートタイムにする動きです。

 2016年の総務省調査では非正規公務員のフルタイム勤務者の割合は31.5%でしたが、会計年度任用職員制度が導入された2020年4月の調査ではフルタイム勤務者の割合は19.9%にまで減少しています(236p図表14−1参照)。

 さらに期末手当を支給するために月給を下げる事例も多発しており、「ボーナスが出ると言っても月収から引かれている分が戻ってくるだけ」(242p)との声もあります。

 実は、国は期末手当のための財源を地方交付税として配分しており、期末手当を出す一方で給与を抑制することは法改正の趣旨に合わないとの通知を出しているのですが、自治体はその予算を他に流用しているのです。

 

 加えて、制度導入に合わせて在職者も一般求職者と同じように公募試験を受けさせられ、その成績が悪いとして雇い止めになるケースも報告されています。

 公務員には労働契約法が適用されないため長年雇われても無期転換申入権は発生しないのですが、裁判では先述の中野区非常勤保育士再任拒否事件のように雇用継続の期待権が発生するとの判断が示されています。そこで、そうならないように公募試験を実施し、長年勤務してきた非正規公務員を雇い止めする事例が起きているのです。

 残念ながら、今回の法改正によって非正規公務員の待遇を改善されたとは言えない状況です。

 

 最後の第15章と第16章では、この非正規公務員の問題が女性の問題に接続されています。

 2016年の時点で、市町村では43万人ほどの非正規公務員が働いており、そのうち34万7627人が女性です。正規公務員は90万人ほどであり、非正規と合わせた数は133万人ほど。ということは、市町村で働く人の26%ほどが非正規の女性ということになります(263p図表15−1参照)。

 

 そのため、正規と非正規の待遇の格差は男女の待遇の格差にもつながっています。

 例えば、一般事務職は正規では男性が多いくらいなのですが(264p図表15−2では技術職と一緒に計上されているために詳しい内訳はわからず)、非正規でみると女性が80.4%を占めます。そして、一般事務で働くフルタイムの非正規公務員の年収の平均が173万6460円なのに対して、正規公務員は640万8481円と4倍弱になっています(266p)。もちろん年齢構成や仕事の違いもあるとは思いますが、それにしても大きな格差です。

 これ以外でも非正規の給与は正規に対して、図書館員で28.9%、義務教育の教員・講師で45.7%、保育士で37.8%、給食調理員で31.8%などとなっています(267p図表15−3参照)。

 

  この結果、正規だけを見れば民間よりも男女の給与差が少ない地方公務員ですが、非正規を含めて考えれば必ずしもそうは言えない状況となっています。

 さらに育児休業に関しても、地方公務員法ではそれを条例で定める形式になっているため、条例の不備から非常勤職員が育休を請求できないという状況もあります。

 

 格差を縮小させ、女性の活躍を後押しすることは公的部門に率先して求められることだと思いますが、現在は、最も身近な公的部門である地方自治体において、ある意味で格差を広げ、女性を安く使い捨てるようなことが行われています。

 スウェーデンは男女平等が進んだ国として知られていますが、G・エスピン‐アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』の中で指摘しているように、女性の雇用は公共セクターによって支えられており、「実際、スウェーデンの雇用構造は二つの経済部門に分かれて発展しているといえる。一つは男性に偏った民間セクターであり、もう一つは女性が支配的な公共セクターである」(228p)という状況です(ちょっと古い本なので近年では少し変化してきたかもしれませんが)。

 そして、同じく、エスピン‐アンデルセン『アンデルセン、福祉を語る』の中で、「公的部門で働く女性の合計特殊出生率は高い。筆者がヨーロッパの世帯を調査した統計データを分析した結果、安定的な雇用契約で就労する女性が子どもを出産する可能性は、期限つき雇用契約で就労する女性の二倍であることがわかった。一般的に、公的部門での職は最も安定性が高く、さらにこうした職の雇用条件は緩い。だからこそ福祉国家に雇用されている女性たちの合計特殊出生率は著しく高い」(18-19p)と指摘しています。

 ここから読み取れるのは、非正規公務員という制度が、日本の男女平等を阻害し、出生率を低下させている可能性です。

 

 この問題の処方箋としては、前田健太『市民を雇わない国家』(この本は本書でもたびたび言及されている)を紹介したときにも触れたジョブ型公務員の導入しかないのではないかと思います。

 図書館員、児童福祉司など、それなりに専門性の高い分野に関しては、その職種限定で募集をし、基本的に異動をさせない。その代わりに現在のジェネラリスト型公務員よりも給与水準を抑えるというのが1つの答えなのではないでしょうか。

 ただし、人事制度というのは思い切った政治力がないと動かせないものだと思うので、自治体任せではなく、国からの法改正やモデルの提示といったことが必要になるでしょう。

 

 冒頭でも述べたように、この非正規公務員の問題は日本の抱える問題の中でも最重要のものの1つだと個人的に思っているので、本書を読んでこの問題に注目し、その問題点に気づいてくれる人が増えてくれることを願っています。

 

 

 

 以下、このエントリーの中で言及した本の紹介記事のリンクも載せておきます。

 

morningrain.hatenablog.com

 

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