ダニエル・アラルコン『ロスト・シティ・レディオ』

「でも、番組が続いていくうちに、分かるようになったの。世の中には、自分は誰かのものなんだって思っている人たちがいる。どういうわけかいなくなってしまった誰かの。それで、みんな何年も待つのよ。その人たちは行方不明者を探しているわけではないの。その人たちが行方不明になっているの」(305p) 

 この小説のタイトル「ロスト・シティ・レディオ」は、内戦が続いた国で行方不明者を探す人気ラジオ番組の名前。
 主人公のノーマはこの番組の人気パーソナリティで、そこにジャングルの村から一人の少年・ビクトルが訪れることから物語は始まります。彼は村人から託された行方不明者のリストを持っていて、それをラジオで読み上げて欲しいというのです。


 この設定から当然この小説はその放送をきっかけに巻き起こるドラマを描くかと思いますが、話はそこから展開していくのではなくむしろ過去にさかのぼります。
 リストに書かれていたノーマの夫・レイの名前は、ノーマの中のレイの思い出を呼び覚まし、そして十年以上続いた戦争の記憶を蘇らせます。
 「IL」と呼ばれる武装集団との間に続いた内戦はこの国を荒廃させました。地方のジャングルではゲリラ戦が続き、「IL」への関与を疑われた人間は警察や軍によって強制収容所へと送られ、多くのものがその中で消息を絶ちました。
 ノーマの夫・レイもそうした中で行方不明になりました。ノーマはラジオで行方不明者を探す人を助ける呼びかけを行いながら、自らもまた自らの夫を探していたのです。


 ところで、さきほど「この国」と書きましたが、実は舞台となるのは中南米のどこかにある架空の国です。
 「内戦」・「軍政」・「行方不明者」といったキーワードからはチリのピノチェト政権やアルゼンチンの軍政、内戦の続くコロンビア、あるいは作者の出身地でフジモリ大統領の強権ぶりが問題になったペルーなど、さまざまな国が思い浮かびますが、作者はあえて架空の国を舞台に選んでいます。
 その国では内戦の記憶をリセットすべく地名はすべて消し去られており、代わりに「一七九七村」などというふうに数字が割り振られています。

 
 架空の国に数字の地名、行方不明者の名前を読み上げる番組、そういったことからこの小説が寓話的なお話なのかと思う人もいるでしょう。
 けれども、それは違います。
 焦点が当てられているのはあくまでも内戦を生きた人びとであり、理不尽な喪失を抱えながら生きている人物たちです。彼らは冒頭に引用したセリフが示しているように、まさに「行方不明」になっています。
 内戦の中に姿を消した行方不明者たち、そしてノーマをはじめとする喪失感から「行方不明」になってしまっている人たち、そんな人間の姿を著者のアラルコンは緊張感を持った文体で描きます。


 最初は、架空の国を舞台にしたためにややリアリティの部分でしっくりこないところもあるのですが、小説が進むにつれて著者の描きたかった軍政下の中南米諸国の普遍的な現実がはっきりとした輪郭をもって現れてきます。
 訳者が同じ藤井光ということもあって、少しデニス・ジョンソン『煙の樹』を思い出しましたが、こちらのほうが「暖かさ」のようなものがあります。デニス・ジョンソンの作品は「どこにも出口がない」感じが強いですが、この作品にはほんの少しだけ「出口」を感じさせるますね。


ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)
ダニエル アラルコン Daniel Alarc´on
4105900935