舞城王太郎『獣の樹』

 『山ん中の獅見朋成雄』に出てきた背中に鬣があってむちゃくちゃ早く走る成雄が再登場する小説。ただ、同一人物ではないみたいで、こちらには「獅見朋」って苗字はなくて、いきなり14歳くらいの歳格好で名前も記憶もないまま馬から生まれてくる。
 というわけで続編とかでないですね。
 けれども、個人的には続編じゃなくてよかった。舞城王太郎の作品はかなり読んでいますが、その中でも『山ん中の獅見朋成雄』はかなり評価が低い方。ある種のビルトゥングロマンスを狙っている作品なんですけど、主人公がスーパーマン過ぎて何があってもあんまり変わったようにも思えなかったのです。


 で、今回は同じ成雄というキャラを使いながら、全くの記憶喪失という設定を使って、成雄が人間社会へ適応していく過程を見せてくれる。
 人間的な裏表の使い方がわからずに妙に合理的で、それゆえに周囲に馴染めない成雄。それをフォローする人気者の「兄」・正彦。前半のこの二人のコンビによるビルトゥングロマンス的な部分は面白いです。『山ん中の獅見朋成雄』で描けなかったことが描けていると思います。


 ただ、中盤以降の蛇に夜世界征服の話しになると、やっぱり成雄がスーパーマン過ぎて、若干空回りしている感じ。
 舞城王太郎ならではの無茶なトリックなんかもあって、それを正彦と解いていく場面はともかく、成雄一人になるとどうしてもスーパーマンが暴れるような話になってしまう。
 『ディスコ探偵水曜日』もそうだったけど、やはりもうちょっと主人公の能力に制約がないと,物語に緊迫感が出ないんじゃないでしょうか…。


獣の樹 (講談社ノベルス)
舞城 王太郎
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