マリオ・バルガス=リョサ『世界終末戦争』

 先週引っ越しをしたために久々の更新。
 この本自体も先週に読み終えていたのですが、しばらく間を置いての紹介になってしまいました。

 バルガス=リョサはご存知、去年のノーベル文学賞の受賞者。著者の代表作であるこの本も長らく絶版でしたが、受賞に合わせて復刊されました。
 ラテンアメリカの文学というと、「マジックリアリズム」などの言葉に表されるように、現実と神話的な想像力が入り交じるような作品が多いですが、このバルガス=リョサの作品は一貫して現実に寄り添っているものが多い。この『世界終末戦争』も、実際に19世紀末のブラジルで起こったカヌードスの反乱を反乱を題材にした小説です。


 カヌードスの反乱とはキリスト教の聖者・「コンセリェイロ」と呼ばれた男のもとに集まった人びとが起こした反乱で、1年近くにわたってブラジル政府を苦しめたものでした。彼らが集まったカヌードスの町は3万人以上の人びとが宗教的な共同体を形成し、そこでは貨幣経済も消滅していたと言われています。
 そんなカヌードスに集まった貧しい人々がブラジルの正規軍を相手に年近く戦ったのがこの反乱の驚異的なところで、特にブラジル陸軍の英雄でもあるアントニオ・モレイラ・セザル大佐の率いる群を破って大佐を死に追いやるなど、素人集団の武装蜂起とは思わせないような粘り強さを見せたのです。


 そんなカヌードスの反乱をリョサは多面的かついきいきと描いていきます。
 コンセリェイロのもとに集まった、敬虔の人ベアチーニョ、領主による「交配」によって生まれた黒人奴隷のジョアン・グランジ、聖女マリア・クアドラード、商人アントニオ・ヴィラノヴァ、「サタン」の伝説をもつ盗賊のジョアン・アバージ、巨大な頭を持ち四足で歩く奇形のなトゥーバのレオンなど一癖も二癖もある人びと。
 そしてカヌードスに興味を抱くスコットランド出身の骨相学者にして革命家ガリレオ・ガルと近眼の記者。この二人はカヌードスという秘境にわれわれ読者を案内する役割を果たします。
 このように、登場人物は多く時系列も錯綜しているところがあるため、最初は取っ付きにくいかもしれません。けれども、ある程度流れに乗れば、この大きな大河ドラマを非常に安定したかたちでリョサが描き出していることがわかると思います。
 リョサは人物から少し距離を取りやや俯瞰的に物事を描きます。ガリレオ・ガルの報告書など、一人称で書かれている部分もありますが、話の流れがある人物の視点に完全に従属することはありません。
 さまざまな立場の人物、そしてさまざまな視点を描くことで、あくまでリョサは事件を多面的・重層的にとらえようとします。
 カヌードス近くの領主である男爵の視点や、アントニオ・モレイラ・セザル大佐の人物造形などもこの小説の魅力の一つです。


 というわけで、変な喩えかもしれませんが、この小説は司馬遼太郎の後期の小説、例えば「坂の上の雲」とか「翔ぶが如く」、「城塞」などに通じるものを感じます。
 司馬遼太郎のように作者が小説に出てきて人物や史観について語ることはもちろんありませんが、さまざまな人物を配置することによって事件を多面的に描き出す手法はどこかしら共通しています。
 もちろん、文学的にも描写のレベルや構成の上手さなどにおいて優れた小説で、「文学好き」にもおすすめできる小説ですが、「歴史小説好き」にもいけるのではないかと思われる小説です。


世界終末戦争
マリオ バルガス=リョサ Mario Vargas Llosa
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