『メッセージ』

 テッド・チャンあなたの人生の物語」の映画化作品。「あなたの人生の物語」は近年屈指のSF中編、というかSFに限らずとも中短編でこれだけの作品はめったにないというそういうクラスの作品だと思うのですが、それだけに映画を見る前には不安もありました。
 優れたSF小説の要素として、「SF的なアイディア」、「SF的なガジェット」、「ドラマ性」、「文体」といったものがありますが、「あなたの人生の物語」の物語の素晴らしいところは「SF的なアイディア」と「文体」。特に「文体」はこの小説の「SF的なアイディア」に沿ったもので、それがこの小説をハードSFながら泣ける作品にしています。
 ところが、当然ながら映画では「文体」は再現できません。さらに原作は映画で最も表現しやすい「ドラマ性」に欠ける作品で、映画向きの原作ではないのです。


 こうした逆風に対して、この映画で見事なのは「SF的ガジェット」の描き方です。ある日突然現れる宇宙船らしき物体、そこに乗っているヘプタポッドと彼らの発する音や彼らの描く文字、これらが非常に見事に描かれています。特にヘプタポッドの文字は美しくて意味ありげで魅力的です。
 宇宙船内での音響などを含めて、このあたりは映画ならではの長所をうまく生かしていると思います。


 そして、原作にかけている「ドラマ性」については原作を改変して盛り込んできました。その代わりにフィルマーの最小時間の定理など、物理学的な説明をバッサリと削っています。
 この改変については「ハリウッド映画としては仕方がないか…」と思う一方で、このフィルマーの最小時間の定理についての説明を削ったことで原作よりも超自然的な話になったことは否めないですね。原作を読んでいないとシャマラン的な展開に思えてしまうかもしれません。


 先ほど述べたように、「SF的なガジェット」の描き方は素晴らしいですし、監督のドゥニ・ヴィルヌーヴの画のつくり方も上手いので、原作ファンでもしらけることないですし、基本的には楽しめると思います。
 ただ、やはりフィルマーの最小時間の定理のくだりを盛り込んだうえで、主人公のエイミー・アダムスと娘の関係をもっと深く感じさせて欲しかったなという思いも残りました。


あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
テッド・チャン 公手成幸
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