短篇集なのに2段組570ページ超というボリューム。1つの本に28篇の短編というのはさすがに詰め込み過ぎだと感じましたが、原著がそうなので仕方がない。『ペルディード・ストリート・ステーション』の「やりすぎ感」が、ここでも発揮されたと理解すべきでしょう。
前に出た短篇集『ジェイクをさがして』も、SFというよりはホラー、奇想に近い作品が多かったですが、今回もそう。
帯には「英国SF界のトップランナー」との文句がありますが、SF成分はそんなに強くないですね。
さすがに全作品をとり上げる余裕はないで、印象に残った作品を幾つか。
- 「ポリニア」
ロンドンの上空に突如、巨大な氷山が出現するという話。設定はSF的ですが、話はジュブナイル的なものになっています。
- 「<蜂>の皇太后」
ポーカーの勝負師の主人公の前に現れた「<蜂>の皇太后(ビーのダウアジャー)」という謎のカード。周囲はそれを当たり前のように受け入れ、主人公に対して、”伝授”されたと言います。そして、その後も存在しないカードに出くわすことになります。
- 「山腹にて」
ポンペイのようにかつて溶岩と火山灰に覆われた島。現代になって、そこに特殊な樹脂を流し込んで人型を取り出す発掘・調査がなされるのですが、そこで出てきたものは…、という話。この短篇集の中ではかなりしっかりとした起承転結があるお話です。
- 「九番目のテクニック」
死んだ兵士のヘルメット、戦車のなかで溶けたiPodなど、戦場で死んだ兵士の遺品が聖遺物のように取り扱われている世界の話。
- 「ゼッケン」
ドイツのフライブルク南部の湖畔に家を借りたメルとジョアンナ。しかし、メルの前に謎の黒い袋のようなものが出現し…というお話。猟奇的な歴史と絡めたホラーになっています。
- 「恐ろしい結末」
セラピストのディナ・サックホフ。クライアントの悩みを解決するのが彼女の仕事だが、人間関係に悩むクライアントを彼女はどう救うのか?
ブラックユーモアに満ちた話ですが、それを妙にまじめに書くのがミエヴィルっぽい。
- 「バスタード・プロンプト」
主人公と同棲しているトーは、役者志望の女性で、SPと呼ばれる模擬患者の仕事もしている。模擬患者とは、研修医のロールプレイに付き合う役で、さまざまな病気を演じ分けるわけだが、次第にトーの周囲で不思議な現象が起き始め…という話。
- 「ゴヴハイズ」
世界各地の海岸にあらわれる謎の物体。怪獣かと思いきや、それは巨大生物のように動く石油採掘のプラットフォームだった!
- 「饗応」
反ユダヤ主義ともとれることからユダヤ人の反発を受け、右翼などからも反発を受けた映画の脚本家が失踪をとげる。ストーリーのオチはあるのですが、それ以上にその映画のタイトルが一つのオチになっています。
- 「デザイン」
医学生のウィリアムは死体を解剖している時に、その死体に隠された秘密を知り、それに取り憑かれる。いかにもホラー的な設定ですが、最終的には友情物語のような形で着地するという妙な味わいのある小説。
とりあえず、アイディア勝負の話が多いので、これ以上書くと少し興が削がれるかなとも思い、この程度の紹介にしておきます。
全体的に、すっきりとジャンルに分けられない小説が多く、そこが時に魅力であり時に散漫な印象をあたえるといった感じでしょうか。
最初から最後まできちんと読むというよりも、面白そうな話を見つけてそのアイディアを楽しむといった読み方がいいのかもしれません。個人的には「バスタード・プロンプト」以降の後半の話が面白く感じましたね。
爆発の三つの欠片(かけら) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
チャイナ ミエヴィル 引地 渉