チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』

 ヒューゴー賞ローカス賞、クラーク賞、英国SF協会賞、世界幻想文学大賞などSF、ファンタジーの主要な各賞を総なめにした話題作。帯には「カズオ・イシグロ絶賛!」の文字も見えます。
 しかし、謎の女性の死体の発見から始まるこの小説はほとんどミステリといってもいいもので、語り手も一人称のハードボイルドっぽい感じですし、序盤のストーリー展開や各キャラクターの造形などもミステリによく見られる感じです。
 ですから、舞台となる都市の奇妙で複雑な設定さえすんなりと頭に入れば、間違いなくミステリファンにも楽しめる小説です。


 ところが、この都市の設定というのがとんでもないほどアクロバティックなもの。
 舞台となるのはベジェルとウル・コーマという2つの都市。そしてこの都市は物理的空間を共有する「二重都市」と言えるような存在です。 
 一つの都市が2つに分断されている例としては、冷戦時の西ベルリンと東ベルリンがあります。2つの都市はベルリンの壁で分断され、長い間、両都市の住民の交流は閉ざされていました。また、香港とそのすぐ傍で発展した深センとの関係などもある意味で同じ地域にありながら分断されていた都市といえるのかもしれません。
 しかし、ベジェルとウル・コーマは壁で分断されているわけではありません。明らかにベジェル/ウル・コーマと区別できる地域もあるのですが、多くの街路を共有しています。では、両都市の住民は仲良く共存しているのかというとそれも違います。彼らはお互いを「見ない」、「無視する」ことで、そこに相手の都市が存在しないかのように振る舞うことで「共存」しているのです。
 べジェル人、ウル・コーマ人はそれぞれ幼い頃から相手を「見ない」教育をされています。これは人間だけでなく、建物や車もそうですし、相手の声を聞くことさえ禁じられています。そして、これらの禁を破ったもの、つまり相手を見続けてしまった者(一瞬見てしまうのは仕方がなく、素早く目を反らすことが必要)などは、「ブリーチ」行為をそたものとして、同じく「ブリーチ」と呼ばれる超越的な存在から制裁を受けます。ベジェルとウル・コーマはこうした幼い頃からの「しつけ」と超越的な権力機関とも言える「ブリーチ」によって、同じ場所に存在しながら別々の都市に暮らすという、複雑怪奇な生き方をしているのです。

 
 こんな奇妙な都市を説明してもなかなか伝わらないとは思いますが、黒人差別が行われていた頃のアメリカ南部の都市で同じ都市に住みながら黒人には黒人専用バスがあり、さまざまな場所で黒人は「いないもの」として扱われていたことなどを思い起こすと多少はイメージできるかもしれません。あるいはエルサレムパレスチナの首都でありながらイスラエルに占領されユダヤ人の入植が進み、同時にユダヤ教イスラム教の聖地を抱える東エルサレムとかがひょっとしたら近いのかもしれません。
 

 まあ、この都市の設定がうまく行っているかどうかに関しては、とにかくこの小説を読んでくださいというしかありません。
 殺人事件を追うミステリとして始まるこの小説は、しだいに都市の謎を追う小説になっていき、ミステリであると同時に幻想文学でもありSFでもあるような小説となっていきます。
 例えば、お互いにお互いをそれほど「見ない」ようにしているならば、それこそ双方に「見えていない」場所があるのではないか?
 そういった設定から生まれてくる謎も取りいれながら、ストーリーは進みます。
 個人的に、ミステリとしては終盤のまとめ方がやや強引(伏線の貼り方が甘い)ようにも思えましたが、とにかくこのミエヴィルのつくりあげた二重都市のからくりに関しては一読の価値あり。小説でしか味わえない不思議な謎を味あわせてくれる本です。


都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)
チャイナ・ミエヴィル 日暮 雅通
4150118353