アダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝』

 「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」の1冊。裏表紙の紹介文は以下の通りです。

遥か未来の太陽系、人類はウラノフ一族を頂点とする厳しい“階層”制度に組み込まれた。貧困と圧政にあえぐ市民の前に登場したのが、無法の父にして革命的扇動者―宇宙的殺人者、ジャック・グラスだった。彼の行くところには、つねに解決不可能な謎があった。脱出することができない宇宙の片隅にある監獄惑星、地球の重力下では持ち上げることができない凶器、どこにも弾丸が見当たらない凄まじい威力の銃撃…。哀れな囚人やミステリマニアの令嬢、太陽系一の警察官を巻き込みながら展開する、解けない謎の先にあるものとは?注目の英SF作家が贈る、謎と冒険に満ちたSFミステリ。英国SF協会賞/ジョン・W・キャンベル記念賞受賞作。


 この本の冒頭には、まずドクター・ワトソン役と名乗る人物からの挑戦状的なものが置かれています。
 まず、この本のポイントとなるのは光よりも速く移動する手段・FTLであり、このあと3つの殺人が起こることが予告されます。そして、その犯人はすべてジャック・グラスだというのです。
 それを明かした上で、読者に謎解きを要求します。なので、本格推理小説みたいなものかな?と思って、第一部の「箱の中」を読み始めると、ずいぶん違った印象を受けます。


 「箱の中」では、7名の囚人たちが小惑星に開けた穴の中に放り込まれます。彼らは11年の刑期を与えられているのですが、その11年の間に小惑星の内部の岩を掘り、居住空間をつくり、最小限の機材を使って自分たちの手で生き延びなくてはなりません。11年の刑期の前に死んでしまうのならば、それはそれで構わないということなのです。
 7名の囚人たちが小惑星の内部という密室に閉じ込められるわけですが、その7名の中でジャック・グラスは足がなく(無重力なのでそれほどは困らないが)、どちらかと言えば弱々しい人物です。
 そして、当然ながら囚人たちが密室に閉じ込められて平和に過ごせるはずはありません。小惑星内部で生き延びるというSF的な設定を活かしつつも、次第にサバイバル小説のような色彩を帯びてきます。


 読んでいても息苦しいような展開が続くのですが、最後にジャック・グラスがそこから抜け出すところは素晴らしく鮮やか。方法的に映像化はまず無理なんですが、ここでジャック・グラスというキャラクターを強く印象づけます。


 第二部の「超光速殺人」では、ウラノフ一族に次ぐ地位にあるMOHファミリーの令嬢ダイアナが主役となります。ダイアナはミステリ好きで、自らミステリを解決することを夢見ているのですが、そんな中、召使の1人が殺される殺人事件が起こります。しかも、犯人として想定される人物たちは地球についたばかりであり、殺人に使われた凶器は重力の関係でとうてい持ちあげることのできないものなのです。
 ここではジャック・グラスの影はちらつきますが、なかなか登場しません。
 しかし、いざ登場してからの行動はこちらも鮮やかの一言。ここでも鮮烈な印象を残します。
 

 第三部の「ありえない銃」に関しては、ネタバレを抜きで語るのは難しいので内容を説明するのはやめておきますが、ここでも不可能な殺人の謎解きがテーマになります。ただ、個人的には第一部、第二部ほどの鮮やかさはない感じがしました。


 なかなか説明するのが難しい小説ではあるのですが、とりあえず第一部の描写・展開はすごいものがあり、これだけでも読む価値があります。
 アダム・ロバーツの作品の翻訳はこれが初ということですが、これ以外の作品も読みたくなりますね。


ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
アダム ロバーツ Adam Roberts
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